20 / 24

第20話

 避難所へ向かった頼政と雪、トキの3人は、頼政が途中で公衆電話を見つけ連絡が取れるところ片っ端に当たってみる、と先に避難所へと促して一旦別れた。  電話はそんなに混んでいなく、3人目で使えることになり、まず笹倉のところにかけてみたが、交換台が繋がらなく、次は馨の行っていた学校にもかけたがこれも交換台にまず繋がらない。  次に頼政の叔父がいる群馬県前橋の家にかけてみたら、市外ということで交換所が違ったのか交換手とつながりなんとか繋げてもらえた。  頼政の叔父の宗時(むねとき)は眼科医で、雪の目のことを聞きたかったのだ。 「ご無沙汰しています、頼政です」 『おお!頼政。地震が酷いと号外が出てな、心配したぞ無事でよかった。こっちも結構揺れたがみんな無事だ』 「家屋敷なくなりましたが、皆息災です。そちらも無事で何よりです。それでちょっと話を聞きたくて連絡しました…」  と、頼政は事細かに雪の怪我の経緯を伝え、未だに痛みを訴えるということ等宗時に話して聞かせた。 『実際に見てみないとわからないが、角膜が傷ついているようだな。小さな傷なら、少しの痛みで何日かで治るのだが、擦ってしまったと聞くと、ちょっと気がかりだね』 「連れて行ったら診てもらえますか」 『そりゃあ勿論だが、来られるのか?』 「なんとかやれるだけのことをやってみます。駅にでも着けたら、汽車に乗る前に連絡をしますね」 『わかった。気をつけてな。目はできるだけ冷やしながら来るんだぞ』 「わかりました。では」  雪の目を診せる算段がついて、胸を撫で下ろすが問題は前橋までの移動だ。  まずは2人に伝えなければと、先の避難所へと足を向けたがなぜだか2人はその手前の路地に立っていた。 「どうした。中はいっぱいか?水は?」  頼政の問いにトキが言いづらそうに、表で水を配っている女性に言われたことを話して聞かせる。  頼政はため息を一つつき、仕方がない事とは言え入り口前に立っている女性を少し睨んでしまった。  自分たちにはもう当たり前になっているあまり、雪の容貌が世間一般では『気味が悪い』と取られてしまっても仕方がないことを失念していた。 「済まなかったな、雪」  頭から被った布で口元まで塞いでいる雪は、 「謝らないでください、最近言われなかったですけど、慣れてはいるので」  これで昔の母親の記憶が戻らなければいいが…と精神的なケアの心配も出てきた。 「水は私が貰ってきておきましたので、だいぶ持つはずです」 「そうか、トキありがとう。それでだね、これからのことを話すよ」  雪とトキはーはいーと返事して、頼政に促され近くの縁石に座らせられた。  そこで頼政は前橋に向かうことを告げ、どこから鉄道が走っているかここでは見当もつかないから、少し人力車で走ることになるとも伝えた。  乗り心地は悪くはないが、そんなに長く乗るものではないので、少し大変な思いをすることになるかもしれないから。 「前橋…どこですか?」  雪は言われた通り目を開けずにいるので目を瞑ったまま話を続ける。 「群馬県だよ。ここからだと汽車で…東京駅からなら…そうだな5.6時間はかかるかな。もう少し先から乗れたら4.5時間か」  雪は少し戸惑った。自分を連れて歩くのすら好奇の対象になるのに、目を損傷してしまった今迷惑までかけてしまうことになる。 「旦那様、私は…」 「最後まで話を聞きなさい」  雪の唇に人差し指を当てる。 「前橋に行くのは、雪のためだよ。叔父が眼科をしているんだ。前橋に行くまでに眼科などはたくさんあるだろうが、腕の程がわからない。叔父なら大丈夫、ちゃんと診てくれるから、(お前)を連れていくんだよ。さっき少し話をしたら診ないと判らないとのことだったからな」 「旦那様…」 「トキも一緒に行って、悪いが雪の面倒を見てやってくれないか」  そばで雪の背をさすっていたトキも、 「勿論ですとも、連れて行っていただけるだけで嬉しゅうございますよ」 「では、おれは馨への伝言を書き直してくる。どこに行ったかわかれば、馨も安心して待てるだろう。2人は目立たぬよう、その路地の奥へ入って待っていなさい。腹は減っていないか?」  思い起こせば地震は昼時を襲っていたので、お腹を空かせている者も多いはずだった。  そう言われてトキが、手持ちの布鞄から風呂敷包みを出し、竹皮に包まれたおむすびを出してみせた。2個づつ入っているのは5つもあり、雪もそれを見ていつのまに…と驚くばかり。 「トキは本当に優秀だ。じゃあそれを食べて待っててくれ」  頼政は立ち上がると足早に家に向かっていった。  トキは雪を促して、路地の奥深くに入り込み座らせるとその手におむすびを握らせる。 「本当に良い旦那様ですね。雪さん」  雪はその言葉にうなずいて、おむすびを一口口にした。  さっき、一瞬とはいえ迷惑をかけてしまうならこの場でお別れをしようとした自分が居たが、それ以上に自分を気遣って…というか自分()の事を真剣に考えてくれている|頼政《旦那様》に、恩返しもせぬままにそんなことを考えた自分がバカに思えて情けなくなった。  その頼政の気持ちを考えるだに、今まで以上の信頼感が沸きこの状況もなんとかなると思えるようになってきた。 「本当に…いい旦那様です…」  目をうっすら開けて見たおむすびは、真っ赤な梅干しが収まっていてー酸っぱいねーと言葉を漏らし、少し滲んだ涙をそれのせいにして雪はもうひと齧りおむすびを口にした。  頼政が家の前に来るとなんと松の木が倒されている。 「ああ…可燃性が高いのか…」  じゃああれは見てないかな…それともまだここには来てなければいいのだが…と思い新しい紙 に万年筆だが大きな文字で 『群馬の前橋に雪の怪我の治療に行ってくる。重傷では無いから安心してくれ。また連絡入れるから待たれたし』  そう書いて、一応前橋の叔父の電話番号も記して 「確か納戸に釘が…」  と、納戸があった場所辺りに足を踏み入れ瓦礫を避けて、何か紙を抑えるものを探す。  短い物差しでもいいからあったら良かったのだろうが、どうにも釘しか見つからず、仕方なくそれを4本持ち出し、松の切り株に紙を貼って四隅を石で打ちつけた。  その作業中も髪が乱れるほどの風が吹いていたが、風上の方へ3本釘を置くことで強度をつけ、なんとかいきそうだなとしばらく風の勢いを見ていたが大丈夫そうなのを確認して 「見てくれよ、馨」  と祈るように呟いて、雪たちの元へ戻っていく。  しかしそれから少しのあと、風が急に強く吹く時間があり、張られた紙は杭だけを残し飛ばされてしまった。  一応釘の頭を折って打ちつけてはあったのだが、向きが一定ではない風が上の方の弱い部分からめくってしまったらしい。  そして、ちょうど雪たちを探しに行って戻った馨は、家の残骸を見ながら歩いてはいたが、その他雑多のものと一緒に紙が吹き飛ばされてゆくのを実は見ていたのだ。  それが頼政からの伝言とは知らずに、気に留めることもなくそれを見送っていた。

ともだちにシェアしよう!