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マイ・アイディアル 10(最終)

 九月に入った最初の夜、実流は自分の部屋で鎌田に電話をかけた。 「羽田、久しぶり。奧さんといっしょにラジオ聞いたよ」  明るい声で鎌田が挨拶をする。 「どうだった?」 「訥々として、かわいいジングルだった」  『ミッドナイト・サイト』がオンエアされ、実流のジングルが電波で流れた。シロフォンのメロディに合わせて「マイ・リトル・ベース、ミッドナイト・サイト」と実流が囁くように歌うジングルだ。  マイ・リトル・ベース。鎌田にも実流にも、帰る場所ができた。だから大丈夫だ、と緊張する自分に言い聞かせる。 「今まで鎌田に言ってなかったけど、僕も好きな人がいるんだ」 「マジかよ。誰?」 「吉城なんだ。僕は今、吉城と付き合っている」  鎌田の答えに一瞬の間があった。まずいことを言ったか、と実流が身構える。 「お前かあ! 羽田だったんだ、そうかあ」  鎌田はひとりで納得していて、実流は何があったかわからずに目を丸くする。 「吉城に好きな人がいるっていうのは知ってたけど、アイドルだと思ってたんだよ」 「何で?」 「誰からも愛されなきゃならない人だからって言うから、てっきり手の届かないアイドルだと思ってたんだよ。まあ、お前もアイドルみたいなもんだよな」 「だいぶ違うと思うけど……」 「吉城はいい男だし、お前もいいやつだから、きっとうまくやっていけるよ。吉城も長年の片思いが叶ってよかったな」 「長年?」 「大学のころからだろう? あいつも一途というか、執念深いよな」  そんなに前から真理は自分を好きだったのかと、実流は自分の頬が熱くなるのを感じる。 「男同士だから大変だろうけど、がんばれよ。俺が応援する」 「ありがとう」 「結婚式で今度は俺が歌ってやる」 「鎌田は音痴だろう」 「いいじゃねえかお祝いなんだから!」  電話口で声を揃えて笑い合う。笑いながら、実流は目のふちに溜まった涙を指で拭った。これでほんとうに鎌田を好きだったころの自分と別れられる。そう思った。 「今度吉城といっしょに、三人で会おうよ。俺がお前らをお祝いしてやるから」 「伝えとく。ありがとう」 「またラブソング作ったら聴かせてよ。おやすみ」 「おやすみなさい」  幸せな気持ちで、実流は電話を切った。ひとつ大きな深呼吸をする。  鎌田が自分たちを祝福してくれたと、毎日遅くまで残業してくれている真理に伝えよう。  いつか世界中の人の胸に響くような、ハッピーなラブソングを歌おう。  そして今日も一日真理をいっぱい好きでいられてよかった、と実流は虚空へ向かって小さく微笑んだ。

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