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 鐘崎遼二(かねさき りょうじ)は組長・鐘崎僚一(かねさき りょういち)の一粒種で、現在は父親の下、組若頭として君臨していた。  高身長と逞しく立派な体格は同じ男としては羨ましいほどに堂々たるものだったが、特筆すべきはその体格に嫌味なほど似合いといえる面構えだ。男前――などという言葉では言い表せないくらいに整った顔立ちは、すれ違う者ほぼすべてを振り返らせるほどに端正でいて、裏の世界で育った彼はモデルや芸能人ともまるで違う独特の雰囲気を醸し出してもいた。  一見強面に見えるが、ふとした瞬間に浮かぶ淡い笑顔にはあてられるほどの色気が漂っていて、間近で見たならば直視できないような印象をも抱かせる。そんな鐘崎に興味を惹かれるのに時間は必要なかった。  彼が裏社会の人間であろうがそんなことはどうでもいい、というよりも裏社会の人間とは思えないほどに品の良く、その魅力に逆らうことはできなかった。既に退社などという考えは遠く彼方に吹っ飛び、どうにかして彼との打ち合わせの場に同席できる機会はないかと、そればかり考えるようになっていった。以来、入社当時はさほど興味の無かった宝飾のことについても必死に勉強しまくること丸一年。思いつく限りの資格という資格を取りまくり、上司らに意気込みを買ってもらえるよう血の滲むような努力を重ねてきたものだ。  その甲斐あってか、鉱山から掘り出した原石を加工するデザイン部に配属されたのは、入社して三年余りが過ぎた頃だった。当然、鐘崎との打ち合わせの現場にも参加できるようになり、接する機会を追う毎に想いも募っていったというわけだ。  当初はそれだけで充分に満足していた。月に一度会えるか会えないかという鐘崎との打ち合わせを心待ちにして過ごす数年は非常に早く感じられて、常に初対面のような新鮮さが心を躍らせた。もちろん、打ち合わせの際は他の社員も同席していたから、彼と一対一で触れ合えることなど皆無であったが、それでも男前を絵に描いたような彼のごく近くで同じ空気を吸えるだけで満足していた。  そんな思いに翳りが差すようになったのは、デザイン部に移って数年後のこと。鐘崎の結婚話がきっかけだった。しかも相手は同性である男だと知って、それまで薔薇色だった憧れの感情は一気に真っ暗闇へと突き落とされることとなったのだ。 (あの人が結婚……? しかも相手は男だっていうのか……)  これまでも自身の中に揺らいでいる淡い恋心に気付いていないわけじゃなかった。だが、所詮は男性同士である以上、決して叶わぬ夢だと思って諦めてもいたわけだ。  ところが彼の選んだ相手が男だなどと聞かされて、それまで抑えてきた想いが一瞬で飽和量を超えてしまったのだ。  相手の男性は彼の幼馴染だという。しかも裏の世界とは関係のない堅気だというのも納得がいかない原因のひとつだった。  そんなことなら自分にだってチャンスは同様にあったはずだ――そう思うと、どんどん気持ちが焦れて、しまいには相手の男に対する恨みすら覚えるようになっていった。

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