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リビングに戻ると、李 が戸江田を拘束していた。ソファの上で後ろ手に縛られ、戸江田はひどく焦った表情でいる。
紫月はその対面 に回り込むと、ゆっくりと腰を落ち着けた。
「さて――と。戸江田さんでしたね。どういうことか説明してもらってもいいかな」
柔和に思えるが目は笑っていない。紫月の隣には周がどっかりと陣取っているし、その両脇には清水と鄧浩 が姐さんを守るように微動だにせずこちらを見据えている。皆、誰一人として脅すようなそぶりは見せないものの、極道マフィアの幹部に勢揃いされたこの状況ではさすがに戸江田も縮み上がってしまったようだ。
「社長さんは今日の打ち合わせのことは知らなかったようだな」
紫月に訊かれて戸江田は身を震わせた。
「知……知ってたはず……ですが」
「そうか? まあいい。回りくどいのはお互いの為になんねえだろうから率直に訊くわ。見たところ遼は睡眠薬を盛られたようだが、あんたがやったのか?」
「知……ッ、知らない……」
「そう。なら質問を変えよう。ヤツがマッパでベッドにいた理由は何だ?」
「そ、それは……」
「仕事の打ち合わせに来てマッパで寝てるってのは普通に考えたっておかしいべ。理由は何だ。遼と情事を重ねてみたかった?」
「情事……だなんて……」
「遼のことが好きだったんだべ?」
「好……好きとか……そういうんじゃ」
「まあいい。好きになるのは自由だからな。だが、打ち合わせと偽ってヤツを誘き出し、挙句は睡眠薬を盛って邪なことをするってのはさすがに放り置けねえな。正直なところ、今回はただ眠らされただけで済んだようだが、もし俺たちが来るのがもう少し遅れていたら、最悪の事態ってことも想像できるよな」
「最悪って……僕は別に……」
「戸江田さん、はっきり言っておく。遼二に何かあったら、俺ァあんたとの間で始末をつけなきゃいけなくなるぞ」
「し、始末……? ってどういう意味……意味ですか? ぼ、僕を……脅かすんですか……?」
「脅しなんてケチな真似はしねえ。あんたの考えてること、言おうか? あいつとの情事をでっち上げりゃ、俺がヤキモチを焼いて焦れればいい。その内喧嘩になって俺と遼二の仲がギクシャクすれば気分がいい、そんなところだべ?」
図星を突かれて戸江田は返事のひと言も口にできず、うつむいたままだ。
「生憎だが、俺はヤツがてめえから進んで浮気をしたってんならナンも言わねえ。あいつが俺以外の誰かに興味を持って、そうしてえって思ったんならさ、俺もあいつが興味を示した相手を一緒に愛する覚悟でいるよ」
「……は? 何……言ってるんスか?」
戸江田には到底信じられない言葉だ。
「あいつが愛する相手なら俺も同じ気持ちで向き合えるってことさ。俺とあいつは一心同体の夫婦だ。ヤツの心は俺の心でもあるってこと。だから遼二があんたと浮気したい、寝てみたいって望んだんならその気持ちを全部受け入れられるってことよ」
「ま……さか、そんな……。そんなの、あなたの強がりでしょう? 恋人に……ましてや旦那に浮気されて平気でいられる人間なんて……いるわけない……。そんなの……有り得っこない……!」
「嘘でもハッタリでもねんだわ。俺ァ本気だ。大真面目さ。あいつが望むことは俺の望みでもあるってことだ。だからな、俺たちの間に『浮気』なんて言葉は存在しねえってことよ。けどな、それがあいつの意思とは関係なく、意識の無え状態でいかがわしい目に遭わされたり、理不尽な扱い受けたりしたなら話は別だ。あいつが受けた理不尽な扱いは俺が受けたも同然だからな。それ相応の始末はつけなきゃなんねえべ?」
言葉じりは丁寧で、決して怒鳴ったり威圧しているわけではないが、じっと視線を捉えたまま一時もそらしてもらえない真顔は、それだけで戸江田を縮み上がらせるに十分だったようだ。
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