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「バカだな、冰 。そんなことで悔いる必要なんざこれっぽっちもねえ。例えどんな手を使ってもその場を切り抜けて、無事にこの腕の中に戻って来てくれたんだ。俺にとってはそれが何よりなんだぜ」
元はといえば自分のとばっちりで拉致された上、爆弾を括り付けられ脅されて、命ギリギリのとんでもない目にまで遭わせてしまった。謝るのは自分の方だと言いながら、強く強く抱き締めた。それでもこの心やさしき伴侶の後悔は消えないようだ。頑なに身を震わせながら申し訳なかったの一点張りでいる。
「なあ冰 ――。もしも俺が逆の立場だったとしてだ。敵を騙くらかす為に使えるものがあるなら俺は躊躇わずにそれを使う。例えばそれがお前を裏切るような言い方だったとしても平気で使うだろう。なぜだか分かるか? 例え一時、どんな嘘をついても敵を騙し状況を覆せるならば、俺はお前を裏切る素振りもするだろうし、どんな出まかせでも言うだろう。だがお前ならば俺の嘘も本心もちゃんと見抜いてくれる――そう信じていられるからだ」
「白 ……龍 」
「お前だったらどうだ? 俺が窮地を切り抜ける為に今回お前が言ったような嘘を口にしたとして、お前は怒るか? 気分を害するか? 俺を信じられなくなるか?」
「そんなこと……! 俺は白龍 が生きて……無事に戻ってくれるならそれだけで充分。その為にどんな嘘をついたって全然――」
「構わねえだろ?」
「……それは、そうだけど」
「な? 同じことだ。どんな窮地にあろうが最後まで諦めずにできる限りの手を尽くして互いの元に帰る。その為の嘘なら、それを裏切りとは思わねえ。むしろ天晴れだと胸を張れることじゃねえか。今回のお前の嘘は策であって恥じることや悔いることなど何も無え。よく戻ってくれた、よく無事で切り抜けてくれたと、俺は心底お前に感謝するのみだ」
悔いるなど以ての外だと言いながら、周は両の手で華奢な彼の肩を掴んではうつむいている顔を覗き込んだ。
「白 ……龍 、ごめ……んなさい……。ごめんなさい」
ボロボロと滝のような涙を流して嗚咽する。ヒックヒックと揺れどまらない肩を周は全身全霊を込めて抱き締めた。
「いいか、冰 。よく聞け。俺は今でこそ表向き堅気の商売を稼業としているが、それと同時に裏の世界に生きるマフィアであることに変わりはない。お前はその伴侶だ。つまりマフィアのファミリーなんだぜ」
「白龍 ……」
「自覚を持て。マフィアがそんなことでクヨクヨしてどうする」
「……うっ、うん……でも」
「でも――じゃねえ。俺と一緒になった以上、この先も似たような災難に巻き込まれることだってあるかも知れねえ。もしもまたそんな事態に陥ったとしても、その時々でできる限りの知恵を働かせ、策を練り、決してブレることなくそれを実行し、何が何でも――どんな手を使っても生き延びることだけを考えろ。そして俺はお前の元に、お前は俺の元に帰って来る。生きて互いの元に帰ることだけに必死で頭を働かせろ。どんな演技をしようが、心にもないことを言おうが構わない。例え面と向かってお前が裏切りの言葉を口にしたとしても、俺は常に――心の底でお前を信じ続けていることを忘れるな」
「白龍 ……」
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