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籠の中の鳥は夢をみる (薬中+暗殺者)

これで良かったのか、何度も自分に問う 狭くカビ臭い風呂無し1K くたびれた煎餅布団 畳に転がった注射器とペットボトル 注射痕を携えた夢見心地の彼 数ヶ月前まで、手入れの行き届いた日本庭園を有する屋敷に住んでいた彼は、きっと自分がこうなる事を考えもしなかっただろう。 "籠の中の鳥は夢をみる" 彼の実家は代々暗殺業を生業としていた。 表向きには老舗の和菓子屋。裕福な家庭。 彼は歳を食った先代と、若い女の間に生まれた。 暴力団組長の末息子であった俺は、彼とは幼い頃からの知り合いで、世界を知らない無垢な幼い俺らは、やんちゃに子どもらしく育った。 彼の様子が少し変わったのは、小学校に上がる前の年だった。 『お家に帰りたくない』 『僕は強くないから、まだ殺せないんだ』 『今日はやらなくちゃ、またお父様に叱られる』 そんな言葉をポロポロとこぼす様になった。 幼かった俺は、それが何の話であったのか、理解することができなかった。 中学校を卒業する頃、彼は言った。 『役目を果たすために、生きなくてはいけない』 『心がなくなったのかもしれない』 『悲しいとか、罪悪感とか、荷物になるだけで何の役にも立たない』 この言葉の真意を、当時の俺は理解していた。 理解した上で、見て見ぬ振りをした。 彼は高校には進学しなかった。 中学までは同じ学校という事もあり、会う機会も多かったが、進学しなかった彼と、進学した俺との間には、物理的にも精神的にも距離が生まれた。 その後暫くしてから、俺の父が逮捕された事もあり、彼との接点は無くなり、連絡も完全に途絶えた。 彼の住む家を知っていたが、父が捕まり、元から機能不全だった家庭が完全に崩壊し、風俗嬢の送迎で生計を立てる俺が気軽に訪問していい場所ではなく、会わせる顔もなかったので、彼の事を不要なデータとして脳のメモリから削除した。 夜の繁華街の路地裏でタバコを吸う。 今日もこの街は、混沌としている。 どこからか聞こえる嗚咽。 漂う吐瀉物の匂い。 汚い地べたに両手をつき、嘔吐する懐かしい顔。 「久しぶり」 「………ははっ、久しぶりの再会がこんなとか、最悪だな」 「酷い顔」 「仕事、全然慣れなくて」 イライラする。 そんな泣きそうな顔で笑うな。 助けてくれと言えばいいのに。 「最近どうだ?人殺して食う飯は美味いか?命奪って生きんの、楽しい?」 こんな言葉で殴るつもりはなかった。 だけど『大丈夫?』とか、明らかに大丈夫ではない彼に言う事もできず、つい酷い言葉が溢れた。 「美味いとか、楽しいとか、もうわかんないや」 無理に作った笑顔の彼の隣にしゃがみ、吸いかけのタバコを差し出す。 彼は手の汚れを払い、タバコを受け取り、ゆっくりと吸い込み、肺で堪能し煙を吐き出した。 「一緒に遊ぼう。昔みたいに。きっと、楽しいよ」 彼をボロアパートに連れ込んだ。 玄関の鍵すら掛けず、切れかけのキッチンの電気をつけ、彼にカラフルな錠剤を二つに割って片方を手渡した。 「初めて?とりあえず半分。俺も半分」 二人揃って錠剤を嚥下した。 彼は躊躇していたが、心のどこかにこの錠剤に救いを求めてる気持ちがあったのかもしれない。 俺はもうこんな量では何も起こらない。 けれど彼は違った。フワフワして気持ちよさそうに夢をみる。 異世界で生きる彼が幸せそうで、見ていて飽きない。 「よかったな」 再会して何日、何ヶ月経っただろうか。 彼は今もボロアパートの煎餅布団の上に転がる。 腕にはあざをつくり、涎を垂らしながら。 それでも彼は、とても幸せそうだった。

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