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花雨の中4
「よし!これでアンソロジーは終わり!」
ミステリーのアンソロジーが書き終わった。締め切り1日前。途中、間に合わないかと思ったけどなんとか間に合った。最も、この後は脚本と他の原稿があるから締め切りを過ぎるわけにはいかなかったけれど。
良かったと息をついたそのときスマホがメッセージの着信を告げる。誰だろうとスマホを見ると薬井さんだった。
【現像できましたが、お会いすることはできますか?】
そうだ。桜の写真の現像をお願いしていたんだと思い出す。カレンダーを見ると10日ほど経っている。この後は脚本と短編。そのあとには長編が待っているけれど、アンソロジーが早く終わったので会うくらいの時間は取れる。
【大丈夫ですよ】
と返信するとすぐに返事がくる。
【急ですけど、今日とかどうですか? 先生の家の近所まで行きます】
ほんとに急だなと思うけれど時間は大丈夫だ。
【大丈夫です】
【少し足をのばす時間はありますか? 八重桜の綺麗なところがあるので】
【八重桜ですか? 見てみたいですね】
【それなら今から行きますね。下に着いたらまたメッセージします】
【待っています】
急遽出かけることになった。とりあえず部屋着から着替えていつでも出れるようにする。八重桜か。ソメイヨシノは儚げだけど、八重咲きになる八重桜は少しゴージャス感がある。
そんなことを考えながら明日から脚本に取りかかる準備をしているとメッセージが着信を告げる。
【着きました】
結構早いな。今行きますと返信をし、家を出る。
階段を降りると車にもたれた薬井さんがいた。
「お待たせしました」
「いえ。こちらこそ急にごめんなさい。明日から雨になるみたいなので今日しかないかなと思って」
明日から雨の予報だったのか。最近はどこかに出かけるでもなく、スーパーに行くくらいなので天気予報は見ていなかった。
「大丈夫ですよ。ちょうど原稿ひとつ終わったので」
「そうだったんですね。じゃあ良かった。車で30分くらいの公園なんですけど、八重桜が綺麗なところがあるので。そこはソメイヨシノも綺麗なんですけど、公園の裏側は八重桜が綺麗なんです」
そう言って薬井さんが運転席に乗り込んだので、助手席に乗る。人の運転する車に乗るのはどれぐらいぶりだろうか。最近は自分で運転することも減っているけれど、人の車に乗るのはもっとない。
「あ、この前の写真」
そう言って後部座席に置いてあるカバンから封筒を取り出す。
「どうぞ。まぁまぁの出来です。今日も撮りますよ」
封筒を受け取り写真を取り出す。そこには俺が失敗した夜桜が綺麗に写っていた。スマホのカメラの性能が向上したとはいえ、やはり一眼レフと比べると雲泥の差だ。
「先生、花って好きですか?」
写真を見ていると薬井さんに訊かれた。
「綺麗なものは普通に好きですよ」
「それなら、来月、薔薇園に行きませんか? 俺、花が好きなんですけどいつも1人なんで、良かったら付き合って貰えませんか?」
「構いませんけど」
来月と言うと、次の長編を書きはじめる頃か。脚本もあるけれど、そんなに長時間でなければ大丈夫だろう。
「原稿があるので、長時間は無理ですがそれでよければ」
「良かった〜。1人で行くのもいいんですけど、綺麗なものを綺麗と誰かに言いながら見たいなと思って」
確かに1人で見るのもいいけれど、誰かと一緒に感想を言い合いながら見るのは楽しい。その気持ちはわかる。
ただ、さほど親しいと言えない俺が相手でいいのかという疑問は残るけれど。
「じゃあ薔薇の状態を見ながら、綺麗なタイミングでメッセージ送らせて貰いますね」
そういう薬井さんは嬉しそうだ。その表情を見ていると俺が相手でもいいみたいだ。俺はまだ打ち解けているわけじゃないから気を使うけれど、なにか用事を作らないと家に籠もりきりになってしまうから、まぁいいだろう。
お目当ての公園に着くまで花が好きという薬井さんに色々な花の写真を撮りに歩いているという話しを聞いていた。
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