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第5話 触れ合いスペースのアイドル

「あやっち!」 「はいっ。柚音《ゆのん》先輩」  「あやっち」は、綾人のニックネームだ。綾人の2つ年上の柚音先輩が名付けてくれた大切な名前だ。LINEのニックネームもあやっちにしているくらいだ。 「今お客様、外で大行列してる。入場制限かけに下に行くから、その間チンチラの抱っこ体験する人の対応任せてもいいか?」  柚音先輩はチンチラを担当する店員だ。幸い、綾人はチンチラのお世話もできるので、声をかけてきたんだろう。 「もちろんです! お客様のご案内お願いします!」 「了解! あとは任せた!」  柚音先輩は風のように店内を駆け抜けた。綾人は、チンチラのケージが積まれたコーナーに向かう。そこでは数人のお客様が、ケージの中のチンチラを眺めているところだった。 「よければチンチラさん抱っこしてみませんか?」  綾人はカップルと思しき2人組にそう声をかける。2人は、大きく頷いてわくわくとした目をしている。この目を見るのが好きだ。綾人の心を癒してくれる。もふもふは正義だ。  お客様にソファに座ってもらい、膝の上にペットシートを載せる。 「チンチラさんは排泄のコントロールができないので、ペットシートの上で触れ合いをお願いします。また、このおうちの中にいますので優しく撫でてあげてください」  チンチラのおうちというのは個性的で、丸い金魚鉢のような入れ物にチンチラがおやすみしている。丸くおさまっているのだ。あのふわぽてボディを。チンチラの壺とも呼ぶ。 「わあ。ふわふわ…フェルト生地みたい」  カップルの女の子が、寝ているチンチラのおでこの辺りの感触を男の子に伝える。男の子もすぐにその触り心地にやみつきになってしまったらしい。そのカップルは10分近くチンチラと触れ合っていた。  わかる…!チンチラさんの毛って、ほんとうにもっふもふで、背中の辺りとか優しく人差し指を差し込めば、第1関節くらいは毛の中に埋もれるもんな。想像したらむふふという表情になりそうだったので、しばらく堪える。いかんいかん、今は業務中。綾人はチンチラを吸いたい衝動に駆られながら、丁寧にお客様のチンチラの抱っこ体験に没頭した。

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