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1-6 罪人
「……罪人? 彼らが、か?」
庭や家の中に倒れている住人たちに視線をやって問う。心光と名乗った僧は「ええ」とこともなげに頷いた。
「彼らは浅ましくも、わたくしの荷を盗もうとしたのです。まぁ、無理もございません。都の僧と聞けば、身分が高いと考えたのでしょう。仏に仕えるわたくしから物を奪おうとは、とても罪深きことです。故に、この心光が罪を裁き、浄土へ導いたのですよ」
心光は曇りの無い笑みを浮かべてそう言い切った。赤い瞳が、俺を静かに見つめている。決して、嘘偽りを言っているわけではなさそうだが、だからこそ余計に恐ろしい。僧とは、罪人だからといって殺めるものではないだろうに。
言葉を無くしている俺をどう思ったのやら、心光は小さく頷いて続けた。
「命あってこそ仏の導きを世に知らしめられるというものです。仏様は無益な殺生を禁じましたが、わたくしにやむなき理由があれば、それは無益ではございませんでしょう? もっとも、死人に口なしと申しますれば。わたくしの言うことだけでは信用できないとおっしゃるのも、致し方ないことかとは思います」
「……いや。ひとまず、お前の言うことは信じよう。現にお前は、俺を襲っていないからな……」
確かに。誰彼構わず襲うのなら、この家に来た時点で殺しても良かっただろうし、俺も既に危害を加えられていてもおかしくない。だが彼はそうしなかった。本当に、なにか彼の身に起こったのかもしれない。最早証明のしようもないことではあるが。
それに、心光の瞳はあまりにも曇りがなくて。嘘は言っていないように思えたのだ。もっとも、血を吸っていた理由ばかりはよくわからないままだが──もしかしたら、俺の恐怖心がそう見せていただけなのかもしれない。事実、今は心光の背後に巨大な影など無かったのだから。
心光は「ありがたきことです」と微笑み、それから俺の頬を撫でた。
「あぁ、そうです。罪無きあなた。わたくしと共に参りませんか? 長きにわたり閉じ込められていたならば、世のこともわからぬはず。わたくしのような身分のものと連れ立てば、誰もあなたを鬼と責めることもなく、安全に過ごせましょう」
どうです?
その優しい囁きは、甘く俺の耳から脳髄までもを溶かすようだった。実際、俺はもう心光と名乗った彼から目を離すことができず、ドクドクという胸の高鳴りに抗えずにいる。
どうしてだか、俺は彼と共にありたいと感じていた。優しく額を、角を撫でられたからか、それとも俺の言い分を信じてくれたからなのか。あるいはほかに理由があるのかわからないが、彼と共にいれば、俺の何かが救われるような予感がしたのだ。
それにどのみち、心光の言う通り記憶も無ければ右も左もわからないのだ。どうして俺が封じられたのかもわからないままで無闇に彷徨っても、今度こそ退治されかねない。
俺が小さく頷くと、心光は嬉しそうに眼を細めた。
「ああ、あなたの力になれて、この心光はとても嬉しゅうございます。弱きかたを導くのも、わたくしのような者の使命にございますれば……ああ、あなた。お名前はありますか?」
「……蘇芳 ……? そんな、気がする」
何故か、名前と問われて俺の中に浮かんだ言葉。それを答えると、心光は大きく頷く。
「蘇芳様」
「様なんていい」
「では、蘇芳。わたくしのことも心光とお呼びくださいませ。早速、旅立ちの準備を……と言いたいところですが、まずはその前に」
心光は家のほうを振り返って、それまでと変わらぬ穏やかな声で言った。
「腹ごしらえと、掃除を致しましょう。蘇芳も手伝っていただけますか?」
それが、俺と心光の、──狂ったような月夜の出会いだった。
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