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2-2 信寧寺の僧
それからというもの、俺と心光は旅をしている。
俺を封じていた札が、陰陽師の使う札によく似ていたとか。都には多くの陰陽師がいるから、きっと事情を知っているに違いないとか。旅立ちにあたって心光はそう説明した。
俺もそれを信じるしかなく、共に野を歩き続けた。なんでも、都とやらはここから東の地にあるらしい。そこまではひと月ほどだという。
季節は秋にさしかかる頃だろう。まだ日中は日差しが鋭く、じりじりと服越しに身を蒸すようだ。俺と心光は民家で見つけた笠や頭巾を被り、草むらの中に見える道を辿っていく。
俺はといえば、心光に着いて行くと決めたものの、彼が何者かも、自分が何者かもわからずただ黙って歩くよりほかない。
本当に彼と共にいていいのか。彼と共に旅をし都に行くことで、何かわかったりするのだろうか。
悶々と考えを巡らせていたからだろう。いつの間にか注意力を欠いていたようだ。
「おや、御同輩がた。行脚の途中ですかな?」
聞き慣れない声がして、俺ははっと顔を上げる。見れば、先を歩く心光の前にふたりの僧が立っていた。彼らは心光を同じ修行の仲間と思ったらしい。笑みを浮かべて挨拶をしているが、俺のほうは肝が冷え切った。
心光に、殺されてしまう。
「まっ……!」
俺が彼らを守ろうと声を出したその時、心光が口を開いた。
「はい。西方から都へ戻る途中にございます」
あまりに当たり前の受け答えに俺は面食らった。しかしすぐに思い出す。あの家を訪れたときだって、なんの変哲もない僧に過ぎなかった。今も演技をしているだけかもしれない。
だが確かに心光は夜まで住民を殺めなかった。なにがきっかけで人を襲うのかわからない以上、下手に刺激してもいけない気がする。胸の嫌な鼓動を感じながら、俺は彼らを見守る。もし、襲われることなどあれば、助けに入る覚悟を決めて。
「戻る、ということは都のかたですか。私どもはここから数里の小さな寺の者ですが……どちらのおかたか、お尋ねしても?」
「信寧寺のものでございます」
「信寧寺! ははぁ、それはさぞ高名なおかたとお見受けいたします」
「とんでもございません。わたくしはまだ修行中の身。仏に少しでも近づけたらと西へ旅をした帰りでございます」
しかし俺の心配をよそに、彼らはただ会話を交わしただけだ。困惑していると、心光が「ああ」と思い出したように彼らへ告げる。
「そうです。あなたがたもこの先に行かれるならお気をつけください。人喰いの鬼が出るそうでございますよ」
その言葉に俺は眉を寄せたが、僧たちは気付かない様子で息を呑んでいた。
「それは恐ろしい。都の陰陽師ならともかく、我らのような者には鬼を封じる力もありませんしなぁ」
「まことに、……そうだ、わたくしが行脚の無事を仏に祈りましょう。なにか手持ちの物をお貸し頂けますか? わたくしが願をかけますれば」
「おお、有難い限りです。ではこの杖にお願いいたします。都のお坊様に祈って頂けたなら、鬼など近寄ってこれますまい」
彼らは笑っていたし、心光は彼らの杖に祈りを捧げているし。しかし俺はその祈りを受けたって、何も感じないし。心光の白々しさに眩暈がするようだった。
そうして彼らとは別れた。完全に見えなくなってから、俺は心光に言う。
「人喰い鬼は俺だし、あそこで人を殺めたのはお前だろうに」
しかし心光はくすりと笑って、楽しそうに答えた。
「何をおっしゃいますやら。あそこに人喰い鬼が出ると告げておけば、死体があればその仕業と思うのが自然なことでございましょう。わたくしとあなたが疑われずに済むのですから、良いことではありませんか。それにわたくしは、虚言を申したわけではありませんからね」
「確かに嘘は言ってないかもしれないが、詭弁だろう。それにお前の祈りなんて意味がないじゃないか。俺は何も感じなかったぞ」
その問いには、心光はにっこりと目を細めて答えた。
「人の信じる力は、強いのでございますよ。彼らが心より信じるのなら、それは真実となりましょう。現に、人喰い鬼はここにいて彼らを襲うことはないのですから」
俺は心光の言い分に呆れかえった。が、それ以上何か言うのも諦めた。
ひとまず、彼は誰も殺さなかった。それだけでも良いことではあったし……その代わり、どうしてあの家の住人は襲ったのか、ますますわからなくなっていった。
彼の言う通り、住人たちは本当に盗人で、心光はそれから身を守ろうとしただけなのだろうか? わからないまま、俺は心光の後ろを歩くしかない。
それからも何日か旅を続けたが、やはり心光は誰かれ構わず襲って食うわけではないようだ。旅をするうちには幾人かと出会ったものだが、柔和に接するただの聖人だった。そして普段は俺と一緒に、例の家で拝借した麦や、道に生えている野草を食べて過ごしていた。
道すがら、心光は俺に色んな事を柔らかな口調で教えてくれた。
空に輝く星の名、仏の教え、野草の食べ方に、正しき人の営み。まるで人を殺して食ったものとは思えないほど穏やかに、静かに仏の教えを説く。その様はまるで気高く神々しい僧であり、俺は心光といることでますます混乱を極めたのだった。
この僧は一体、何なのだろうか──。
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