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4-1 色褪せた夢
心光はなにか、複雑な状態に置かれているらしい。
無事朝が来て目を覚ました心光に、昨夜のことを尋ねた。どうして自分に抱かれたのか、そしてあの時一体、何を言いかけたのか。赤い瞳とそうでないときがあるのは、何故なのか。
その問い全てに、心光はまともな答えを用意しなかった。
まぐわった理由については、「血の代わりに精力を求めた」と言い。何を言いかけたかは、「さぁなんのことでございましょう」とはぐらかされた。瞳のことは、「光の加減でそう見えることもあるのやも」とだけ。
問いただしたところで、それ以上の答えは得られず。俺は早々に、昼の心光と夜の悪鬼のごとき彼が全くの別人であるという考えを捨てざるをえなかった。
俺の知っている心光は、いつも亜麻色の瞳をしている。人を殺めるときばかり赤い。だから、今目の前にいる彼も亜麻色の瞳をしていた。泣きながら俺に懇願してきたときと同じように。しかし、そんな願いなど知らないとばかりにはぐらかす。
それに、人を殺めなくとも心光の言動は日常的に少々おかしい。だから、赤い瞳のときだけ錯乱しているというわけでもないようだ。
それ以上のことなど考えてもわからない。結局何の進展もないまま、俺たちは旅を再開することとなった。
ただ、俺は彼のことが知りたい。心光の気持ちが、生い立ちが。どうして旅をして、何故俺に抱かれたのか。そして彼がどうしたいのか。その全てを。
もし、あの時涙を零していたのが、「本物」の心光なのだとしたら。俺の、鬼の力が彼の助けになるというのなら。どうにかして、救ってやりたい。願いを叶えてやりたい。
そういう思いに駆られて、胸が苦しくなるようになっていた。
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「蘇芳、相変わらずお前さんは働き者だなあ」
誰かにそう言われて、俺は振り返った。
ひどく色褪せた光景がそこには広がっている。目の前の小さな畑に、ひとりの老爺が立っていた。しかしその顔は黒く塗りつぶされたようになっており、誰かもわからない。
困惑する俺に構わず、老爺は続ける。
「お前さんのことを「鬼」なんて言う奴もいるがなぁ、気にすることはねぇよ。わしもお夏も、お前さんのことをよぉくわかっとるからな」
「そうよそうよ」
いつの間にか、老爺の隣に若い娘が立っている。彼女もまた、顔など少しも見えはしなかった。
「蘇芳は少し背が高くて力持ちで、ちょっと髪が赤いだけ。優しいあなたが鬼なはずないでしょ。またあいつらが来たら、私ちゃんと言い返してやるんだから」
だから蘇芳は、そのままでいいのよ。
笑う彼女を見ていると、何故だか胸がざわざわする。額に熱を感じ、手で触れてみると、そこには角など生えていなかった。
「……!?」
驚いたのと同時に、畑にいた人は消え失せている。それどころか、目の前は畑ですらない。そこで初めて、自分の見ているものが夢だと思い至った。
であれば。もしかしたら。これは、自分の過去の記憶なのかもしれない──。
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