1 / 1

愛はきき手に左右されない。

「人体の構造的欠陥(けっかん)について話そう」 と教授は言った。 「きき手を空けて恋人と手をつなぐと、相手のきき手の自由を奪うことになる」 「片方が左ききなら問題ないすよ」 「なるほど、一理ある」  教授は短く鼻息を吹いた。 「しかしこの世界では右ききが多数派なのだよ。愛し合う二人が自由にきき手を使える確率より、どちらかが不自由を()いられる確率のほうが高い」  教授はため息とともに椅子にもたれた。 「それに耐えるのが愛だと、多数派どもは言うのだ」  ほつれた前髪が額に落ちる。  この人の話はいつも小難(こむずか)しくて哲学的だ。  そのくせ議題は妙に可愛(かわい)らしいから、オレはホコリと本まみれのこの部屋に来るのをやめられない。  だってつまり、『恋人とは手をつなぎたいけど、相手の邪魔をするのもされるのも嫌』って話だろ?  オレはクスッと笑った。  目線だけを上げた教授に片手を差し出す。 「オレ、左ききっすよ」  教授はクマの濃い目元をわずかに細めて微笑(ほほえ)んだ。  肘置(ひじお)きに落ちていた手がゆるやかに持ち上がる。 「私もだ」 「だめじゃん」

ともだちにシェアしよう!