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Ⅵ
翌日――
総次に起こされ、共に事務所へと向かった正義。総次の思惑通り、失恋の痛手は夢だったかのように消え去り、正義自身はそれを悩みを聞いて貰ったが故の充足感であると勝手に認識をしていた。
悩みが消えたからか、この日の雑用業務も思うようにスムーズに進み、出来なかったからといって透や進は叱責をしたりはしないが、正義自身がその事に満足をしていたのだった。
書類の整理が終わった頃、正義がふと気付くと総次の姿が何処にも無かった。今日は特に外出のスケジュールも入っていなかったはずだ。いつの間にか姿を消していた総次に対して不思議そうに首を傾げていたところ、出先から進が戻ってきたところだった。
「お帰りなさい進さん」
「ただいま正義」
「あの……総次さん知りませんか?」
今戻ってきたばかりの進に今まで中にいた正義がそれを聞くのもおかしな話ではあるが、事務所内の事であるならば所長に聞くのが一番だろう。おまけに進は総次とも付き合いが長い。
正義からの問いに、一瞬悩む素振りを見せた進ではあったが、正面から見て右側の扉が閉じられているのを確認すると再度正義に視線を返した。
「知りたいのか?」
「えっ? まあ……はい」
何故進が勿体振るのかが正義には分からなかった。
「後悔するなよ」
言うと進は入口付近まで歩み寄っていた正義の腕を掴むと正面から見て右側――透の所長室の扉をノックもせず躊躇わずに開けた。
「…っ、あ…透、さんっ……もお、…っや……」
「嫌? 何が嫌なの? 総次コレ好きだよね」
初めて入った透の所長室。そこで正義が目にしたものは、高価な革製のソファの上で組み敷かれている総次と、その上に覆い被さっている透の姿だった。どちらも下半身の着衣は身に付けていない。
総次の両腕は頭の上でベルトのようなもので一纏めにされており、一糸纏わぬその下半身は透に向けて両足を開かされていた。
「なに……やってるんですか!」
初めて見たその光景を、正義はとても合意の上の行為であるとは思えなかった。思わず大声を出すと総次の顔色が一瞬にして凍り付き、開かれた扉の前にいる正義と進に向けられる。
「やっ…ちょ、…待って、やめてっ……正義が…」
「正義が、なに?」
拘束された両腕で透を押し返そうとする総次だったが、透は二人を一瞥しただけで、総次が上半身に纏っていた灰色のシャツに手を掛け、ボタンごと荒々しく引きちぎった。
「ねえ、誰のせい? 今総次がこんな事になってるのは誰のせいなの?」
目を疑いたくなる光景だったが、透の雄の象徴であるそれは、総次の排泄器官であるそこに挿入されていた。つまり二人はセックスをしていた。
言葉で総次を責め立てながら、激しく腰を打ち付ける透。手の甲で口元を隠し声を抑えようとする総次だったが、それが気に食わない透は片方の手で縛り上げた総次の両腕を再び頭の上へと押さえ付ける。
「だから言って? 誰のせいなの?」
「…お、れ……のせい…ですっ…」
「そうだよね」
言葉の合間に途切れ途切れに入る総次の苦しそうな喘ぎ声。どこか艶やかであるそれに気を取られていた正義だったが目の前で行われている光景に我を取り戻すと透を止めようと身を前進させる。しかしその行動は直ぐに背後にいた進によって制され、自分より背の高い進に喉元へ腕を回され、正義はなす統べなく動きを止めた。
「進さん何で……」
「黙って見てろ。 これは総次への罰なんだから」
進の口振りからして、進は総次がこんな状況になっている理由を知っているようだった。
「罰って!総次さんが何をしたって言うんですか!」
「正義をもう家に連れ込むとかどんだけ餓えてんだよ総次」
「ち、がっ…う……ぁ、ッ…何も…して、なッ…や、め…」
透が冷たい目で見下ろしながら起ち上がった胸元の突起に爪を立てると、総次は身を捩りながらも首を左右に振って否定する。
「嘘つき。総次がヤりたがりだって俺も進も知ってるよ?」
「…や、っう…してないっ……何もッ……」
自分が総次の家に泊まった事が発端になったのだと、この時漸く正義は状況を理解した。
「透さんっ……総次さんとは本当に何も無いです。だから……やめてあげて下さい……」
最後の方は蚊の鳴くような小さな声になっていった。透の怒りがどのように終息していくか分からなかったからだ。自分の浅薄な行為が総次にこんな迷惑を掛けるなどとはあの時つゆほども考え及ばなかった自分自身が情けなく、悔しさから自然と涙が流れ落ちていた。この時正義は違和感を覚えた。背後に立つ進の何かが正義の尻に当たっているのだ。まさか、と思い血の気が失せていく正義の上着の裾から進の冷たい指が肌を伝って侵入してくる。
勿論正義は男相手の経験など皆無。その事は全員が知っているはずだった。
「え、ちょ、進さんっ……何で」
正義の言葉と、総次の悲痛な訴えに動きを止めた透は、扉前の二人が総次に見えるように繋がったまま総次の顔だけを横に向けさせる。
「ほら、総ちゃんがエロい声出すから進も欲情しちゃったじゃん。でも総ちゃんは今俺の咥えてるから無理だししょうがないね」
彼女は居てもこの年齢まで童貞だった正義からすると、進の指が肌を這う感覚や首筋に伝わる熱い舌の感触はどれも初めてのものばかりだった。
『だから』総次は魔法使いになってしまう年齢まで童貞だったのか。と正義は理由が分かった気がした。
「……っざけんな、よ…」
「え? なーに? 総次」
総次のぽつりと呟いた言葉にわざとらしく透が笑みを浮かべると、総次は油断していた透の肩を押し返しソファの上に仰向けにすると自らその上に跨がった。
「……進さん? 俺二人同時でもいけますから。正義に手ェ出さないでもいいでしょ?」
上がる呼吸を整えながら、妖艶な笑みを向ける総次の姿に正義は思わず唾を呑んだ。進の腕から力が抜け解放されると、腰砕けになったようにその場に崩れ落ちるも、今再び目の前で何が起ころうとしているのかを察する事が出来た正義は、床を這いながら部屋を逃げ出した。視線は総次から片時も離す事が出来なかった。
「そんなに大事?正義のこと」
「……ふ…、んぅっ…」
「……透も分かっている癖に。そんなに総次を虐めなくてもいいだろ」
「分かってないのは進でしょ?」
扉越しに聞こえる三人の声。怖くて、どうしようもなく逃げ出したかったが、正義はその場から離れることが出来なかった。
「……っあ、…痛……」
「そりゃー二人分だからね。総次ならいけるでしょ?」
「…っく、…イ、っあ…!」
「痛い? 痛いの総次?」
「いい加減、総次も分かったほうがいい。 お前は誰の物なのか」
「あ、やっ…まだ…ッ、や、あぁッ…!」
足元に擦り寄ってくる何も知らないわんこを壊れ物のようにそっと抱き上げ顔に寄せると、自然と涙が溢れてきた。自分の事ではないのに涙が止まらない。
「もうやめてくれ……」
正義がそう呟いても扉の向こうにいる者たちには届かない。
猫はその気分によって構って欲しいと身を擦り寄せる。正義の様子がいつもと違うと感じたのか、しきりにミャーミャーと掠れた声で鳴き、ざらつく舌で顔を伝う水分を舐める。
「分かってる……俺の身体も魔法も……二人のものだから……」
部屋の中から聞こえる言葉が、更に正義の心を締め付けた。
もし今部屋に飛び込んで総次を助け出したなら、総次は苦しみから解放されるだろうか。
もし今部屋に飛び込んで総次を抱き締めたなら、総次はもう辛い思いをしなくて済むだろうか。
もし総次を二人から引き離すことが出来たなら……
もし総次が普通の生活を送ることが出来たとしたら、総次の魔法は無くなるだろうか。
もし総次の魔法が無くなったとしたならば、その時誰が総次の側に居てあげる事が出来るのだろうか。
(……それなら、俺が)
同じ事ではないだろうか。誰かが総次の側に居て、総次に性的な目を向けるのならば、それは総次の安らぎはならないのではないか。
総次の幸せを願って、自らもその身を引く決意を正義はする事が出来なかった。
「身体も魔法もって……じゃあ何が総次さんに残るんすか……」
総次が唯一自らに残した「心」感情は、総次自身の望む幸せを、人として生きる最低限の権利を、総次に与えてくれるのだろうか。
その時の正義はまだ、総次の望む幸せを理解してはいなかった。
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