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2:ド底辺鬼の最高の住処!

◇◆◇ 「鬼は外、福は内」  これは、ある時期になると、あちこちで聞こえてくる人間の言葉だ。俺はその言葉を、なんて酷い言葉なんだろうと、いつも思っていた。そして、変わらずこれからも思う事だろう。  そう、なにせ俺は嫌われ者の「鬼族」だ。 「……鬼だって、家の中がいいよ」  そうだ。鬼だって外は嫌だ。だって、外は暑いし、寒いし。それに、雨だって降るし。もし、外に居て雨に打たれてしまったらどうする?風邪を引いてしまうかもしれない! 「なぁ、今度皆で戸外鉄板焼寄合(バーベキュー)をしようぜ!」 「っ!」  突然、通りの脇から聞こえてきた大声に俺はビクリと肩を揺らした。声のする方を見てみると、そこには薄着で身を寄せ合う同族(オニ)の男女が居た。二人共、凄く立派なツノをしている。  鬼にとって、ツノは強さと美しさの象徴だ。 「いいわね!じゃあ、私は可愛い女雛(めびな)を集めておいてあげる!」 「おぼこい娘を頼むぜ!」 「なら、そっちも良いツノの牡を連れて来てよね!」  もちろん、あんな風に俺とは違い外を好む鬼も居る。  夏になると、海辺や川辺で串刺しの肉を焼いて、薄着で身を寄せ合って騒ぎ立てるような鬼達だ。俺みたいなツノの短い劣性(インキャ)の鬼は、そういうヤツらの事を優性(パリピ)の鬼と呼ぶ。 「……ねぇ、なんかアイツがコッチ見てんだけど」 「あ?なんだよ。なんか文句あんのか?」 「っ!」  すると、それまで自分達で楽しんでいた優性の鬼の男女が、俺の方へと目を向けてきた。その瞬間、心の臓がヒュンと嫌な音を立てる。 「ねぇ。ってか、見てよ。あのツノ。短小過ぎぃ!あんなの見た事ないんですけど!」 「ヤバ、俺あんなツノだったら恥ずかしくて外歩けなねぇわ!」 「ひんっ!」  優性達からの遠慮のない言葉に、俺は小さな悲鳴を上げて小走りで逃げた。  正直言って、彼らのような派手な鬼達は苦手だ。だって、優性(パリピ)は俺達みたいな劣勢(インキャ)をバカにしてくるから。 「はぁ、怖かった」  通りを奥に入ったあたりで、俺はチラリと後ろを振り返った。うん、もう彼らはどこにも見当たらない。 「それにしても、あんな裸みたいな格好で外に居て寒くないのかな?」  鬼は昔から薄着だ。男は腰巻だけ、女は乳房当てと腰巻。それが鬼の伝統衣装。  まぁ今時そんな格好してる鬼はほぼ居ないけど。ただ、居ないにしてもやっぱり優性(パリピ)の格好は伝統に近い格好をしている。  あの優性の女の子なんて、足が股近くから殆ど外に出ていた。伝統的なんだけど、とても破廉恥だ。 「あばずれちゃんみたいだった」  「あばずれちゃん」とは、鬼族の中で大人気の「ざぁーこ」と言って劣性の鬼をバカにする虚像発信者(ブイチューバ―)小娘鬼だ。でも、俺はあんまり好みじゃない。  だって、冬でも薄着で、風邪を引きやしないかと見てるコッチがヒヤヒヤしてしまうからだ。  男の鬼の方は、ダラッとした衣装に、耳や口には金具を大量に通していた。あんなに顔に穴を開けて、痛くないのだろうか。見ているコッチが痛くなってくる。 「でも、ちょっとあのキンキラの金具は格好良かったかも」  でも、真似したいだなんて欠片も思わない。だって、俺はもっともっと格好良いモノを知ってるから。 「やっと手に入れたぞ」  俺は、今日発売したばかりの見て呉れの良い機械の組立人形(フィギュア)の入った箱をギュッと抱きしめた。  これは俺のお気に入り。俺みたいな劣性の鬼に大人気の七十二分の一スケールの機会人形の最新の型種(モデル)だ。元々は人間の世界で流行っていたモノが、いつしか一部の劣性の鬼族の中に流行して、今では鬼の一大産業を担っている。 「うふふ、格好良いなぁ」  今や鬼族は人の世の中に溶け込んで暮らしている。  とおいとおい昔は鬼ヶ島っていう島で、鬼だけが暮らす集団の孤島があったみたいだけど、桃なんとかっていう人間に島を破壊されてからは、人間の世界で散り散りに暮らすようになった。それから程なくして、人間からの恐怖心で実体化出来ていた俺達鬼は、人間達から全く視認されなくなってしまった。  鬼という種族は、今や完全に落ちぶれた種族なのだ。 「はやく、はやく家に帰らないと」  ただ、視認されなくなって良かったと俺は思っている。鬼ヶ島を失った鬼は、人間達の住処を間借りして暮らすようになったのだ。人間達の住処はとても居心地が良く、もし現代に鬼ヶ島が復活したとしても、俺は絶対に〝あの家〟から出たりしないだろう。 「はーー、ただいまぁ」  俺は誰も居ない古い古い平屋建ての木造建築の中に飛び込むと、入って右手にあるお座敷に駆け込んだ。このお座敷の奥にある客間用の布団の入った押し入れが、俺の住処だ。 「うーー、ワクワクするぅ!」  早く、早く。この組立人形(フィギュア)の箱を開けて組立て始めたい!  そう、俺が押し入れめがけて駆け出そうとした時だ。 「あー。おばあさん、また蝋燭の火を消し忘れてる」  俺の飛び込んだ座敷の真正面にある、人間が死んだ者を祀る祭壇。そこには蝋燭に灯った火がユラユラと揺れていた。 「危ないなぁ。火事になったら住む所が無くなっちゃうのに」  俺はその火を「ふー」と息を吹きかけて消すと、ついでに祭壇の上の埃を傍にあったふきんで拭ってやった。 「おじいさんも埃まみれはイヤだよね」  毎朝、ここのお婆さんは白飯を皿に盛り、祭壇に手を合わせている。  今、この家に住むのは、お婆さんと俺だけだ。数年前まで、おじいさんも一緒に暮らしていたが、どうやら今はこの祭壇の中に居るらしい。毎朝、おばあさんがこの祭壇に向かって「おじいさん」と口にしているのを、俺は押し入れの中でコッソリ聞いている。

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