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出逢う①

 ステパット王国の辺境は、冬になると寒さが厳しい。雪も多くて周囲から孤立する地域もあるほどだ。  窓の外ではちらちらと雪が降っていて、僕は寒さから自然と息を吐いた。  室内にある暖炉の火は、ぱちぱちと音を鳴らしている。そちらを一瞥すると、もうそろそろ薪を補充しなければならないことに気が付く。 (……薪、入れなくちゃ)  そう思った僕が行動しようとするよりも早く、ふわっと宙を移動する薪。  それらは引き寄せられるかのように暖炉の中に吸い込まれていく。新しい薪が入った暖炉の中の火は、勢いが強くなった。  僕は自然と入り口のほうに視線を向ける。そこには燃えるような真っ赤な髪の毛を持つ一人の男性。 「全く、キミの倹約っぷりにはいつも驚かされる。……八年も一緒にいるのに、キミはいつも簡単に私の想像を超えてくるな」  そう言った彼は、すたすたと移動して、部屋の隅にあるソファーに腰掛けた。かと思えば、そのまま横になる。 「……師匠、お帰りなさい」  一応そう言ってみれば、彼は「あぁ」とだけ返してくれた。そして、ソファーの背もたれにかけてある毛布を頭からかぶる。  毛布をかぶって、もごもごと動く姿はまるで芋虫に近い……のだと、思う。僕は芋虫に興味がないから、生態自体知らないのだけれど。 「師匠、お着替え、いいんですか?」  控えめにそう声をかければ、僕の師匠である彼は、毛布から顔だけを出して僕を見つめる。その目は、まるで僕を責めているかのようだ。 「着替えるもなにも、この寒い中では凍死してしまうだろうに。私は寒さに弱いんだ」 「し、知ってます。けど、その、僕一人だったら大丈夫だったので……。帰宅がわかっているのならば、教えてくださればお部屋を温めておきました……」  そうだ。師匠が帰ってくるとわかっていたら、室内くらい適温にしておいたのに。 「私は普段のキミの姿が知りたいんだ。だから、時折抜き打ちチェックくらいしなければ」 「そんな……大げさですよ」 「全く大げさなものか。キミの倹約っぷりは常軌を逸している」  師匠はそう言うけれど、僕と師匠は根本的な考えが違うのだ。  王家からの信頼も厚い魔法使いの師匠と、小さな商家の息子である僕。価値観が合うわけがない。もちろん、金銭感覚も。  それくらい、師匠だってわかっているはずなんだけど……。 「ただでさえ面倒なことを頼まれ苛立っているというのに。そのうえ、キミまでこの調子だと私は憤死してしまう」 「……面倒なこと、ですか?」 「あぁ、あのクソ国王め。私をこき使うことしか考えのない男だ」  国王陛下のことをこんなにも軽々しく「クソ」と言えるのは、きっとこの世の中で師匠だけだと思う。  そんなことを考えるけど、なんだかちょっとおかしいなって思った。 (確かに師匠は王城に呼び出されると機嫌が悪くなるけれど、今日はとてもひどいというか……)  普段から国王陛下のことを「バカ」だの「アホ」だの。挙句の果てには「顔だけの男」と言ってはいるのだ。  だけど、「クソ」という言葉を聞いたのは初めてだった。 「大体、私ももう年だ。三十路を過ぎているんだ。二十代の頃のように動き回れるはずもないだろうに!」 「……けど、師匠って割と元気」 「そういう問題ではない。三十を過ぎれば、人間の身体というものはがくっと衰えるものさ。キミもいずれわかる!」  師匠は僕をジト目で見つめつつ、そう言う。かと思えば、起き上がってソファーに腰掛けた。そのまま僕を手招きする。 「ところで、ジェリー。キミは元気かい?」 「……師匠、今更なに言ってるんですか?」 「いや、そういう意味ではない。長旅に耐えられるほど、身体は元気かと尋ねているんだ」  表情を整えた師匠が、そう問いかけてくる。  この人は過去には王家のお抱え魔法使いという名誉を持っていた人だ。  今ではすっかり辺境の主となり、定例報告以外ではほとんど王都に寄り付かなくなっている。でも、本当に素晴らしい人。  ……国王陛下からの信頼も厚いのだから。 「まぁ、そりゃあ。……僕は、まだ、若いですから」 「キミは私に皮肉を言うのが好きだな。……まぁ、いい。私からキミに試練を与えよう」  人差し指を立てた師匠が、僕のことをじっと見つめる。……背中に嫌な汗が伝う。本能的に足を引いた。 「ジェリー・デルリーン。キミに私の代役を命じる。今から三ヶ月後、勇者の旅に同行し、魔物退治をしてきなさい」  僕は師匠の言葉をすぐには理解できなかった。  しばらくぽかんとして、師匠を見つめる。必死に言葉をかみ砕いて理解しようとして。  ようやく意味が分かった頃。僕は、口をあんぐりと開けた。 「え、えぇっ!?」  そして、次の瞬間、僕は叫んでいた。  部屋に響き渡る僕の絶叫。師匠はうるさいとばかりに耳を塞いでいた。

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