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最終話

 朝。 「あああ。もっと見たかったのに寝ちゃったよー! 起こしてよー。スミさん!」 「僕も寝ちゃった……しかもスミさんの布団で」 「よしよし。ニケの願いは叶うし、これから何度だって見られるさ。若いんだし」 「俺のことも慰めてよ!」 「うるせえな」 「我が君。生活リズムがお子様ですね。やっぱり寝ちゃいましたね」 「もっとお願い事したかったよぅ!」  じたばた暴れる巨人の腕を掴んで、ニケと温羅は朝飯を食べに行った。入れ替わりで入ってきた先生の邪魔になるからな。  引きずられていく青年に先生は、「?」と言いたげな目を向けるのだった。 ♦    数か月の時が経ち、紅葉街に初雪が降る頃。十一番目の初霜(はつしも)の月。  凍光山は渦を巻くような吹雪に覆われ、立ち入る者はいなくなる。そのなかの雪の降らないエリアにて、ニケは新しくなった宿を見上げていた。  使えそうな柱などは再利用しつつ、元の形をあまり変えずに色もそのまま。塗りたてなために発色は良いが、年月が経てば元の味わい深い色になってくるだろう。  どこか自慢げなレナが腕を組む 「ダゴンの話では震度七でも壊れないらしい。あまりに自信満々に言うので試してやろうとしたが阻止されたぞ。まったく。地震には耐えれて私の突進に耐えれないとはどうなっている」  なにこの鮫こわ……みたいな目でレナを見ているのはスミだ。 「なんか以前より天井が高くなった気がする」 「うむ。従業員に巨人がいると伝えたらこうなってな」 「これならフリーが跳びあがっても頭ぶつけませんね」  ぶつけちまえと、鮫と兎の心が重なる。 「また、始められるな」 「ええ。レナさん。ありがとうございます。レナさんもまたいつでも泊まりに来てくださいね? パワーアップしたところをお見せしますよ!」  張り切っている赤い瞳にレナが熱でも上がったようにふらつく。 「……で、こんな大事な日に来られないとか、フリー君はフリー君だよな」  呆れるしかないスミの言葉に、ニケもため息をつきたくなる。 「翁のところに預けてきたので、大丈夫でしょう」  くすりばこ。 「ごほっごほっ……。うえええん。ニケと宿を見に行きたかったようごほっごほっ」  額に濡れた手ぬぐいを乗せ、布団に埋もれるように横になっているフリー。その隣でキミカゲはふうふうとお粥に息を吹きかけ冷ましている。 「はいはい。そうだね。でも今は風邪を治すことだけ考えようね」  残暑が長引いたうえ、寒さが急に来たため見事に体調を崩した。よりによってこの日に。 「ごほっごほごほっ! 咳が辛いよ……ごほごほっごほ」 「そうだね。咳すると疲れるよね」 「ごほごほごほごほっ……。寒いよ」 「ありゃ、まだ寒いかい? もう一枚、布団をかけてあげるよ」  フリーの上に、二枚、三枚と布団が重なっていく。 「お粥。食べさせてよう」 「はい。あーん」  風邪を引いたフリーは不安とニケがいない心細さから、全力でおじいちゃんに甘えていた。おじいちゃんはにっこにこで世話を焼く。 「おいひい……」 「うんうん。ゆっくりお食べ」 「雪かき、終わりましたぜい」  元気な声が聞こえた。  狭そうに出入り口を潜り、温羅がくすりばこに入ってくる。雪が降ろうともこの鬼は袖なし着物である。  鬼を連れ帰った日、翁は特段驚かなかった。  だが、温羅がこの街に住むことを領主は猛反対の大反対をしたが、「我が君の傍らにいられるのなら大人しくすると約束しよう。もし駄目なら…………」と不吉なことを言われて泣く泣く了承していた。  キミカゲはくすりばこに住めばいいと言ってくれたが、あまりに狭いので温羅は近くに安い家を借りることに。ディドールの洗福で働き出し、近所のヒトの手伝いに掃除に雑用と、本当に大人しくしているので領主の胃痛も治ってきているとのこと。  床が抜けないか心配しながら、心配していない主の様子を見に行く。 「ごっほごほっ」 「まだ咳をしているんですね」 「温羅さん……風邪ってうつるんだって。近寄らない方が良いよ」 「はっ」  鼻で笑われた。  フリーを挟んでキミカゲの反対側に腰を下ろす。 「ふーむ。風邪を引いた我が君は色っぽいですね。口づけくらいなら……今ならやかましいがきんちょもいないし」  キミカゲは即座に立ち上がった。 「アキチカ呼んでくる。煩悩ごと払ってもらおう、この鬼」 「冗談すよじょうだ……。待って待って待って!」  二つの足音が遠ざかっていく。 「……」  フリーは残りのお粥をかき込むと、のそのそと布団の中に潜る。  やっと冬らしくなった風の音を聞きながら、寝返りをうつ。  枕元には回復を早める花と、夜宝剣が置かれていた。おもちゃのような宝石部分をなぞる。  温羅から風邪の話を聞くと、洗福のお二人はすっ飛んでこられた。フリー→弱い→風邪→死と思ったのかもしれない。  なにかあったらこれで鬼を殴れと、先輩は物騒なもの(夜宝剣)を置いていかれた。扱える気がしないんですが……。 (今頃は……ニケは凍光山に着いたかな)  レナがいるのでちょっとしか心配はしていない。咳が酷いのについて行くと騒ぎ、ニケを困らせてしまったが彼はフリーを殴らなかった。  殴らなかったが布団の上に蹴飛ばし、両手でそっとフリーの顔を挟み込む。  鼻先をくっつける。 『元気になったらな? 一緒に行こう。お前さんには馬車馬のように働いてぼろ雑巾になってもらわないといけないからな。翁の言うことを聞いて、休んでいるんだぞ?』 『ニケ……。やだ、俺の雇い主かっこよすぎ……?』  お前それでいいのか? みたいな視線をスミから感じたが気のせいだ。  最後に頬にチュッと唇を落とし、スミとなんか目つきの怖いレナと共に出かけて行った。 「ちゅーされちゃった……。しあわせ~」  むふふっと思い出し笑いをしながら、睡魔に身をゆだねる。玄関の方で言い争う声を聞きながら、そっと目を閉じた。 ♦  ニケの宿でしっかり働いて、借金を返さなくては。意気込むがそれで風邪が治るわけもなく、咳が収まるまで七日以上かかってしまった。  ニケとスミが考案した従業員制服に袖を通せるようになった時には、すっかりスミの方が先輩になっており、下っ端のようにこき使われる。 「フリー君! やる気あんのか。そんなんじゃいつまでたっても部屋数増やせないぞ」 「びえええええっ」 「泣くな! 手ぇ動かせ」 「おい! 料理の仕込み終わったんだろうな?」  よく通る宿主(八歳児)の声に跳び上がる青年たち。 「あと盛り付けるだけです」 「あああ~ん。目が回るよ。ニケが可愛いよぅ」  少し背が伸びたニケが、白いケツをスパンッと叩く。 「ぴいっ」 「ほら。ちゃっちゃと運ぶ運ぶ!」  手を叩くニケ。スミとフリーは廊下をぎりぎり走っていない速度で膳を運んでいく。 「フリー君。コケるなよ。絶対にこけんなよ!」 「こけるときはこけまーす」 「開き直んな!」 「はあ……」  とんとんと夜宝剣で肩を叩く。  預かっててとフリーから渡された時は手榴弾をプレゼントされた気分だった。思わずぶん投げるところだった。 (でもおかげで、夏エリア周辺で見かける魔獣の数がぐっと減ったな)  帯に差し込み、ニケも仕事に戻る。  陽射しが差し込む畑には空芋と湯煙花(ゆけむり)の芽が揺れ、ニケの家族のお墓には、ニケの姉が好きだった黄色い花が供えられていた。 ニケの宿・終わり 感謝感激雨霰

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