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第10話

夕方、本社に立ち寄った俺は、銀座オフィスには戻らず直帰の予定だ。 管理部の市場さんに会いに顔を出すと、上司が会議中で不在だったため、話しやすい雰囲気だ。 「今日も芳賀くんに会えるなんて、幸せ~ はい、これ。芳賀くんの分~」 「ありがとう。このパン、有名なんだって?」 「そうなの! すっごく美味しかった~ いつも並んでるんだってよ~」 「そんなにか」 宇井が食べたがっていたパンだ。 市場さんに頼んで買ってもらったこのパンは、会社の福利厚生の一環で月に一回、周辺の飲食店の弁当やパンを社員に提供するプログラムを利用したものだ。 俺たち本社勤務じゃないメンバーは、こういうイベントに参加する機会が少ない。 支払いを済ませ、帰ろうとすると、 「芳賀くん、最近いいことあったんじゃな〜い!」 「そう見える?」 「見える~ 楽しそうだから~ 同期会の時もキララちゃんと話してたの、すごく楽しそうだねーって〜 なんだかウキウキしてる感じ?」 「そう?」 女子は鋭いなと感嘆する。 俺は急いで仕事を片付け、定時に会社を出た。 会社近くの神社に向かう。 休みの宇井と待ち合わせをしていた。 「ごめん、待った?」 パンを差し出すと、宇井の顔がパッと明るくなった。 「ありがとう! これ、食べてみたかったんだ」 渡そうとした瞬間、俺はパンを上に持ち上げた。 「ちょっ、何だよ」 「なんだかパンに負けた気分だな。宇井、パンしか見てないんだもん。寂しいなあ~」 「ありがとうって言っただろ」 「それ、パンに言ってたんじゃない?」 「パンに言うわけないだろ!」 「でもパンを見つめながら『ありがとう』って言ったら、パンに言ってるように聞こえるよ。俺には感謝してないのかな~ってさ」 宇井は不意に俺の顔を両手で挟んで、顔をぐっと近づける。 「あ、ありがとうっ!」 そのままバッと顔を離した。 俺は笑いながらパンを渡す。 「な、何だよ」 「可愛いなと思って」 「!◎△$♪&#!? 人たらしがっ」 「え? 何? 顔真っ赤だよ」 「うるさいっ!」 表情がくるくる変わる宇井が、なんだかたまらなく可愛かった。

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