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第13話
宅建の講習の後、宇井とファミレスで復習をした。
「覚えることが多すぎる。脳が死ぬ」
「今年合格したいよね。来年また勉強したくないし」
「わかるわー」
「カノンちゃん今度ライブがあるんだろ? 気分転換に一緒に行く?」
「……お前とは行かない」
突然の断りに、驚いた。
そんなに俺とライブに行きたくないのか?
理由が知りたいけど、たぶん尋ねても教えてくれなさそうだ。
「……俺、童貞じゃないから」
「急に、どうしたの?」
「アイドル好き=童貞っていう、その方程式が嫌いなんだよ」
「そんな方程式ある?」
「リアル女子で痛い目にあったから、今はリハビリ中なんだ」
桜田公園での話を思い出す。
「大変だったね」
その時の宇井の傷ついた気持ちに、俺はそばにいてやりたかったと心から思う。
「お前、童貞捨てたの早そうだな」
「高1だったよ。まあ、普通だろ」
「はあ〜? 部活のマネージャーとかだろ」
「はは、違うよ。あるあるなの、それ。大学生の彼女だった。なぜか年上にだけモテるんだよな、俺。末っ子気質だからか?」
「年上だけじゃないだろ。でも、意外だな。末っ子っていうより、兄ちゃんみたい」
「そう? 隠せてる?」
「隠してんの?」
「自分では違うと思っても、周りから求められる俺はそうなんだ。それならそれでいいかって思ってたけど、たまに息苦しく感じるんだよ」
「何それ。よくわかんないけど、嫌ならやめれば?」
簡単にやめることができるなら、苦労はしない。
わかってほしかったわけではないがーー。
いや、わかってほしかったのかもしれない。
俺は宇井に何を期待していたのか。
気分が下がりかけた時、
「って簡単にやめられたら苦労しないか。俺だって地雷扱いされるのは嫌だけど、やめられない。だけどさ、芳賀といると、そんな自分を忘れられるんだよ。お前、すごいよ」
宇井の言葉に心がじんわりと温かくなる。
「俺は楽しいよ。宇井と一緒にいると」
チョロいな、俺。
褒められただけで、機嫌がよくなるのだから。
「宇井は? 俺と一緒にいるの、楽しい?」
「っ……楽しい……」
宇井はまた顔を真っ赤にして、俯く。
その様子が可愛くて、つい微笑んでしまう。
まるで付き合いたての初々しい恋人同士みたいだ。
「ありがとう」
「……な、何でマスクしてんの? 風邪じゃないよな?」
照れ隠しなのか、宇井が急に話題を変える。
そんなところも可愛い。
「いや、違うよ」
「予防?」
「今、ブサイクだからね」
「暑いし、俺しかいないんだから外せば」
「笑わない?」
「? 笑わない」
そう言って、マスクを外す。
頬には引っかき傷が残っている。
「うわっ……痛いだろ、それ」
「もう治りかけだよ。でも、まだ目立つよな?」
「……彼女とケンカでもしたのか?」
「まあ、そんなところかな。知ってたのか、彼女のこと」
「お前がSNSやってなくても、周りがやってれば情報くらいは探れる。俺、特定得意だから」
「探偵みたいだな」
「……気持ち悪いだろ。自分でも引くくらいだ
でも、知りたいんだ。気になる相手のことを全部」
「俺のこと、24時間考えてくれてるんだな」
「はっ!? か、考えてないっ!」
「嬉しいなあ~」
俺が冗談ぽく言うと、宇井は真っ赤になって俯く。
本当に、可愛い。
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