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第1章 第6話
息を整えながら、ジラソーレは汗まみれの身体を水で濡れた布で拭った。ジラソーレの演目は終了して、サクラが空中大道芸を行っている最中だ。空中から舞台に垂らされたシルクを掴んで、ワイヤーが引き上げられて身体が宙に浮くたびに様々な技に挑戦するものだ。分かりやすくサーカスらしい演目で、観客も歓声を上げている。
土台が違うパフォーマンスのため質の違う歓声に不満はないが、この後の彼女とダフネの演目を考えると悶々としてしまう。今日はマノでの最終公演ということもあり、サクラの衣装がおおよそ隠せる部分のみ隠しただけの、表現もしたくないものだ。
「おやおやぁ、浮かない顔だネ!―――はい、ドーゾ!」
む、と唇を尖らせながら舞台を覗いていると、目の前に突如赤い薔薇が差し出された。ジラソーレは驚愕して目を見開きながら視線を滑らせると、白く肌を塗りたくったクラウン―――道化師・アルレノが薄っすら笑みを浮かべながら立っていた。
「ほら、受け取ってネ!」
こくりと頷きながら、恐る恐る眼前にある薔薇を受け取る。アルレノは満足したようにわざとらしく何度も頷いて「何か悩み事ネ!」と猪突猛進に配慮もなく言い放った。
ふるふる、とジラソーレは首を横に振って否定する。
「ふむふむ、じゃあサクラの衣装がエッチすぎて目のやり場に困るに一票ネ!」
『う ざ い』
「ワァ!随分と辛辣でアルレノ泣いちゃうネ!」
絡もうとしてくるアルレノをかわして、舞台裏の奥まったところに移動する。てくてくと、背後で道化師らしい歩き方をしながら彼もついてきた。非常に鬱陶しい。
ジラソーレがテントの隅に座り込むと、彼も隣り合わせで屈む―――どうやら彼の知的興味を満たさないと離してくれないらしい。彼の演目はもう暫く先だ。本当に鬱陶しい。
「それで、何かあった?」
『べ つ に』
職業柄、普段からアルレノは道化師としての口調を保っている。しかしふとした瞬間にそれが途切れ、素の口調に戻ることがある。このサーカス団の最古参のためか、何か団員に悩みがあれば喜んで首を突っ込む―――ジラソーレも何度かこの状態にさせてしまっていた。数えること、今回を含め六度目くらいだろうか。しかし彼はキャラクターも相まって思考が前向きすぎるため、相談するたびにみじめになるので三度目あたりで止めた。ダフネのように洞察力が優れているわけでもないので、相談する方もひどく疲れるのだ。
「相変わらずそれか。まあお前にはダフネがいるから別に心配はしてねぇんだけど―――たまには俺に相談してくれても良くない?」
『む り』
口を動かす度に間抜けな化粧面を見てしまうため、嫌になってくる。
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