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プロローグ
「なんで僕にはパパがいないの?」
幼い頃、そう尋ねたとき、母は困ったように微笑んだ。その笑顔には、泣き出しそうな悲しみが滲んでいた。
「パパはね、遠いところに行ってしまったの。」
父親は、自分が生まれる前に死んだと聞かされていた。父の姿を映した写真は一枚も残っていない。母に尋ねると、「見ると辛くなるから、全部処分してしまったの」と言われた。幼い頃、保育園で他の子供たちが父親に迎えに来てもらう姿を見て、胸が締めつけられるような思いをした。手を繋いだり、肩車をしてもらったりしている子供たちを羨望の眼差しで見つめながら、自分にもそんな日が来ることを夢見ていた。
母は父親の分まで精一杯、俺を愛し、大切に育ててくれた。でも、それでもどうしても埋められないものがあった。俺は、父親という存在がどうしても恋しかった。父の温もりや、その声を知りたかった。父の腕の中で守られるような感覚を、心のどこかでずっと求めていた。
父はどんな人だったのだろうか。彼はどんな声で、どんな笑顔をしていたのか。俺は、ずっとそれを知りたかった。
父に関する手がかりは、ほんのわずかだった。アメリカ人で、ミュージシャンだったということ。彼がどんな音楽を奏で、どんな夢を抱いていたのかは分からない。でも、俺の中にはいつも、亡くなった父に対する憧れと、それを知りたいという渇望があった。
母から、父の名前は「サル・パラダイス」だと聞かされていた。高校生になった俺は、それがジャック・ケルアックの小説『路上』の主人公の名前であることを知った。そう、母が言った名前は、本当の名前ではなかった。父の本当の名前も、その顔も、俺は何一つ知らないのだ。
"Hold Me My Daddy."
XTCのレコードを聴きながら、「Hold Me My Daddy」の一節を口ずさむ。その歌詞が、胸の奥に深く突き刺さる。俺は心の中で呟く。
父さん、抱きしめてくれよ。
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