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第4話 1994年 ニューヨーク ブルックリン
日曜の午後、俺は9階のアレンとチャンのところに遊びに行った。彼らはちょうど出かける準備をしていた。
「悪いけど、今日は仕事なんだ」とアレンが言う。
白いワンピースを着たアレンの姿に、俺は目を丸くした。どう見ても可憐な美少女だ。
「アレン、お前…やっぱり女の子だったのか?」
「はあ?バカじゃないの!これは仕事用だってば!」
「仕事用…?まさか…」
俺の頭に浮かんだのは、ニュースで聞いたことのある、児童ポルノや売春という言葉だった。急に胸がざわつく。
「お前、変なこと考えてるだろ!ちげーっての!ま、いいや。ついてこいよ」
アレンは俺とチャンを引き連れて地下鉄の駅へと向かった。タイムズスクエア駅で降りると、アレンは周囲をぐるっと見回して、何かを探しているようだった。
「よし、あいつだな。お前はここで見てろよ」
アレンが目をつけたのは、太った観光客っぽい男。首には立派なカメラをぶら下げている。
アレンはその男の前に立つと、急に泣き出した。涙をポロポロと流しながら、嗚咽交じりに話しかける。
「パパとママがいないのぉ…!」
男は驚いてしゃがみ込み、優しく声をかける。
「どうしたんだい?迷子かい?」
アレンが男の気を引いている間に、チャンは男の後ろポケットに手を伸ばし、財布を素早く抜き取った。現金だけを掴み取り、また財布を元の場所に戻す。
ピックポケットか…!
俺はチャンの早技に舌を巻いた。
「あっパパだー!ありがとう、おじさん!」
アレンは満面の笑みでその場を去り、俺のところに戻ってきた。
「どうだ?」
アレンが得意げに聞いてくる。
「どうって…これ、犯罪だろ?」
「なぁ、俺たちは生きるためにやってんだ。金がないと、何もできねーんだよ。あいつらは観光で遊んでんだろ?俺たちはその間、飯も食えずに死にかけてんだ。やつらがエンパイアステートやマダムタッソーに行けなかったからって死にゃしないだろ?」
アレンは少しムキになって話す。
「俺たちは金持ちだけを狙ってる。パスポートもカードもいじらねぇ。現金だけ、それで十分だ」
俺はアレンの指差す方を見る。そこには日本人の観光客がいた。高級ブランドのバッグを持ち、ジュエリーをじゃらつかせた若い女性だ。俺は彼女と同じ日本人だと思えなかった。彼女は俺の世界とは全く違う場所にいるように見えた。
「最近、日本人もいっぱい来るんだぜ。お前のじいちゃんが日本に帰れなくて死んでいった一方で、あいつらはブランド品買い漁って帰るんだ。少しくらい取ったって、痛くも痒くもねーよ」
アレンとチャンは1時間ほど『仕事』をこなし、また地下鉄に乗ってブルックリンに戻ってきた。プロジェクトの棟に戻ると、アレンとチャンはエレベーターには乗らず、一階の廊下をずんずん進んでいく。103号室の前で立ち止まり、ベルを鳴らした。
ドアが開き、中からガリガリに痩せた黒人の男の子が出てきた。5歳くらいだろうか。アレンを見た途端、顔をパッと明るくして、俺たちを奥へ案内した。
ベッドには、同じくらいの年の少年が寝ていた。彼の周りには兄弟らしき4人の子どもたちが座っている。みんな同じように痩せこけている。
「ボブ、まだ頑張ってるな」
アレンが話しかけると、ボブと呼ばれた少年は薄目を開けて微笑んだ。アレンは今日稼いだ金をボブの手に握らせる。
「これで薬と食い物を買いなよ」
アレンは残りの兄弟たちにもチョコレートやガムを配ってやり、静かに部屋を出た。
「ボブの親も、俺の親と同じでロクデナシだ。子供が病気でも、薬や飯の金すら置いていかねーんだ。俺らは大人を頼っちゃいけねぇ。自分で生きるしかねーんだよ」
アレンの言葉を聞きながら、俺は何も言えず、ただ頷いた。
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