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第1話
俺が勤める会社には開かずのトイレの個室がある。
入社してから半年経って「奥の個室いつも閉まっているな?」と気づき、一年以上経った今も開いているところを見たことがない。
その疑問を昼食時、社食で先輩に聞いたところ「ああ、あれなあ」とコロッケを頬ばり、しっかりと咀嚼して飲みこんだなら教えてくれた。
「俺もさ、入社してしばらくしてから、ずっと閉まっていることに気づいたんだよ。
いつからだ?と思って、先輩たちに聞き回ったら課長が教えてくれた。
課長が新入社員だったときは、ふつうに使えていたらしい。
ただ二年目くらいに、急に水が流れなくなって業者が調べたけど原因不明。
高層ビルの上のほうのトイレを本格的に調査して修理するのは、かなりの金と手間がかかるってんで、ドアが開かないようにして、そのまま放置したんだとよ。
そこのフロア、そんなに人数いないしイベントとかで使わないし、個室はあと四個もあるしさ」
「そうだったんですか」とうなずいてお茶を飲むと「って分かっていても、なんだか不気味だろ?」と前のめりに声を潜める先輩。
「だからか、変な噂が流れているんだよ。
なんでも夜の零時をすぎると、開かずの個室から男があんあん鳴く声が聞こえるらしい。
あきらかに相手は同性だというのに、つい聞きいってしまって、むらむらしてくるような色っぽい喘ぎとかで。
引き寄せられてドアを開けてしまったら・・・・」
「死にたいほどの後悔をするという」と結んだのに、やや拍子抜けして「なんか最後だけ抽象的ですね」と指摘。
「いや、だってさあ!こういう怪談っぽいのって、語られるだけ尾ひれはひれがつくものなのに、このトイレについては、いろいろ聞いても最後が曖昧なわけ!
噂では、実際、ドアを開けた人がいるらしいけど、固く口を閉ざしているっていうし!」
ホラーオカルト好きな先輩にして有力な情報を得られず、もどかしいよう。
喚きちらすのを宥めようとしてスマホのアラーム音が。
「先輩、昼休みがそろそろ終わります。次、会議だから急がないと」とうながすと「やべ!」と慌てて立ちあがり、二人でトレイを持って返却口へ。
そのままの勢いで廊下にとびでるも「すんません、俺トイレに!」と先輩と別れてダッシュ。
向かっているのは例のトイレではないが、踏みこんだところで息を飲んだ。
同じ営業部にして同期の古賀が洗面台の前にいたから。
元ラガーマンで、今でも黒光りする肌が目に眩しい筋肉質な男前。
入社してからずっと親しくしていたはずが、俺が汚物かのように頬を引きつらせ、見下ろしてくる。
挨拶代わりに「男が無防備になるところで襲うつもりかよ!節操なしの糞ホモ野郎が!」と憎々しげに吐き捨て、タックルするように俺を押しのけ、トイレから退室。
衝突でよろめいて壁に寄りかかったまま、肩を落として深くため息。
はじめて顔を合わせたのは面接のときで、入社式で再会し、以降、友人としても仕事仲間としても良好な関係を築いてきた古賀が、態度を急変させたのは三か月前。
忘年会で王様ゲームをやり、俺と古賀は唇と唇のキスを強要された。
彼女持ちの俺はなんとか阻止しようとしたものを、酔っぱらって調子づいた元ラガーマンの怪力には敵わず、顔を押さえつけられ唇を奪われてしまい。
おまけに舌までいれられて、ぞっとした俺は、思わず鳩尾に蹴りを。
反撃を想定していなかったのか、思いのほか、勢いよくのけ反った古賀は壁に頭を激突。
咳きこんでから「お前、なにす・・・!」と怒鳴りつけようとし、目を丸くして絶句。
その視線を追って自分の下半身を見ると、ズボンが膨らんでいたもので。
以降、古賀は今のように人気のない場所で「糞ホモ野郎」と中指を立ててみせ、仕事のミスをするたび「ホモで仕事もできないなら死んじまえよ」と囁いてくる。
さらには自分がミスをすれば罪をなすりつけ、逆に手柄はよこどりをし、営業成績が伸びないよう妨害、嘘を吹聴して評判を落とすなど、なにかと貶めてくるのに余念がない。
そうして躍起になって俺を懲らしめようとするのは、辞めさせたいからだろう。
それにしても事の発端ついては、わるのりした古賀にも非があるものを、どうしてこうも見境なく過剰反応しているのか。
古賀と同じ大学出身の先輩が、そのご乱心ぶりに気づき、俺に同情して教えてくれたことには。
大学四年間、古賀は男にストーカーされて、身の危険を覚えることもあったらしく、故にホモの疑いがある俺におそれ慄いているのだろうと。
いや、彼女と別れたとはいえ、俺はホモでないし。
これまで何回もそう誤解を解こうとしたものを、トラウマに縛られ視野狭窄になっている古賀は聞く耳を持ってくれず。
「ホモをこの世からすべて駆逐すべきだ!」とばかり日々、虐げてくるのが、誤解があってのことと思うと余計に辛い。
それでも仲直りするのを諦めず、顔を合わせるたび「糞ホモ野郎」と軽蔑されながら、なんとか解決の糸口を探していたところ。
その日は深夜まで残業。
これまた古賀の策略により、濡れ衣を着せられた挙句「初心にかえれ!この雑用をすべて終わらせるまで帰るな!」と課長に厳命されてのこと。
いつもなら「どうしてこうなった・・・」と嘆きつつ、不当に押しつけられた仕事を地道にこなすのだが「あいつ、課長の背後でひそかに笑ってやがった!」とどうにも今日はむしゃくしゃがおさまらない。
なかなか仕事に身がはいらず、すこし頭を冷やそうとトイレへ。
トイレにいくまで、すっかり忘れていた。
今は夜の零時すぎ、そして、そのトイレにあるのは例の開かずの個室。
一歩踏みいれたとたん、男の艶めかしい喘ぎと耳に痛いような打撃音が響きわたった。
自動的に電灯がつくはずが、暗いまま、奥の個室だけうすく明かりが漏れ、打撃音がするたびにドアが揺れて「はぐうう!あふううん!」とあられもない鳴き声が。
遅れながらに先輩の話が思いだされて「まじか」と口をあんぐりしたとはいえ、、なにより驚いたのは、声に聞き覚えがあったから。
「いやいや、まさか」「仕事疲れで幻覚と幻聴が?」と自嘲して思うも、どうしようもなく胸を高鳴らせ、生まれたての小鹿のように震えながら、おそるおそる開かずの個室の元へ。
目を見開き、全身冷や汗をかき、息を切らし、生唾を飲みこんだならオープン。
目にとびこんできたのは、汗で艶めく黒光りする尻。
元ラガーマンとあり、見るからに弾力がありそうで、桃のようにたわわだが、肌が赤々として血がにじんでいる。
涙目でふりかえったのはスーツ姿の古賀で、奥の壁に手をつき、ドアのほうに丸だしの尻を突きだしている状態。
唖然とする俺に「お仕置きしてええ!」と涙を散らし、懇願を。
「男の、ストーカあ、わ、忘れられなくてえ・・・!その恐怖から、お前を、痛めつけるのお、止めたくても、止められなあ、のお!だからああ!」
俺はホモでないし、そういう趣味でもないから一歩引いたものを、そのとき視界にとらえた鞭。
馬に打ちつけるようなそれで、目にしたとたん、さっきくすぶらせていた怒りに火がつき、手にとったなら勢いよく振りあげた。
「何回も何回もホモじゃないって訴えているのに、どうして信じてくれないんだ!」
「親友だと思っていたのに!」と赤く腫れたところを打撃してバチイイン!
「んくうおおお!」と呻きと喘ぎが混じった鳴き声をあげ、よく見れば、便器に精液を降らしている。
「お仕置きなのに、よろこんでんじゃねえよ!お前こそガチ糞ホモだろ!」とさらに強く鞭をふるうも「ごめんなしゃあああ!」と射精をやめず。
謝るのは口だけで、まるでなってない態度に苛だち、罵倒しながら鞭の強打を断続的に。
頭に血が上りすぎて「こんなエロいケツしてさあ!むしろ、ホモほいほいじゃねえのお前!」と高笑いをし、鞭を打てば「ちがあ、ひぐううう!」とメスイキ。
「説得力なさすぎ」と鼻で笑いつつ、乱れる呼吸を整えようとして、トイレのタンクに消毒液が置かれているのを見つける。
すかさず、つかんで皮がめくれた尻にぶちまけると「んぐううう!」とさすがに色気のない唸り声。
目をそ背けたくなるほどの痛々しいさまに、むしろ口角を高々とあげた俺は、尻の奥に指をもぐりこませ、もう片手で尻を叩く。
「お前さあ、男のストーカーの影に今も怯えているようだけど、逆に求めているから忘れられないんじゃない?
つまり、男に病的に愛着を持たれたいし、こんなばい菌だらけの臭いトイレで無理矢理滅茶苦茶に犯されたいっていう願望を持っているわけ」
「自分が、そんな救いようのないガチ糞ホモだと認めたくなくて、俺を悪者にして八つ当たりしてるなら、最悪だな?ああ!?」と消毒液の染みた尻を嬲りつづけ、強引に三本をねじこむぶっちゅぶっちゅ!
「んがああ!そ、それはあ、ちが、ちがあ!ぐうおお!」と苦悶しながらも否定するのに、舌打ちをして一気に皮をめくってやれば「んほおお!」と歓喜の声をあげて再度メスイキするものだから、まあどの口が、だ。
目も当てられないぶざまさに呆れてため息し「・・・もういいや」とズボンのチャックをさげて、すでに精液まみれの息子を剥きだしに。
腰をつかんで持ちあげ、皮がめくれたところに息子を擦りつけ呻かせてから、奥のほうへと押しつける。
「ガチ糞ホモなのを認めるくらいなら死んでしまいそうなお前と仲直りなんか不可能だろうから・・・。
頭や心が否定したがっても、お前がどうしようもなくガチ糞ホモドMビッチな体をしてるってこと教えてやるよ」
「もう一生子供が産めない体になるかもな!」と狂ったかのように高らかに笑って、一息に奥まで貫き、肌が剥けて血濡れたそこに、消毒液を叩きつけるように腰を強打。
強烈な快感と激痛が走っているのだろう「おおおおう!」と獣が咆哮するように叫んでメスイキしっぱなし、たまに便器にあんあん精液をまきちらす。
まさに「ガチ糞ホモドMビッチ」で醜悪な痴態だが「ちがあ、ちがああ!」と口だけは抵抗をやめず。
みっともなく呻いて喘いで号泣するのが聞きとりにくくも、おおよそこのような発言を。
「俺はできた奥さんをもらって、かわいい子供をつくって、いずれはいっしょに故郷にもどって旅館を継ぐのが夢なんだ!
だからホモじゃないし、ホモにもなりたくない!」
拒もうとしても拒みきれず「なりたくないのにいい!」と幼児のように泣きじゃくられれば、胸が傷むより息子が奮い立つ。
「そうか!なりたくないのかあ!」とけたたましく笑い、限界まで膨らんだので奥をえぐるように突けば「お願あ、やめ、やめてええ!」と命乞いをするように。
「こんなのお、知ったらあ、俺、俺の、夢があ、ぐぎいいい・・!許し、許してえええ!ああ、ぐうあ、んあああ!や、やめ、やらああ、子供、産めない、体、しちゃあ、やらあああ!」
こうなるまえに俺の訴えを聞きいれて、仲直りをしてくれればよかったものを。
怒りとはべつに、熱くこみあげるものがあり「俺はホモじゃないけど、おまえが・・・!」と思いを吐露しようとしたら「んぐほおおう!」と便器に透明な液体がとび散った。
潮を吹いたと同時に、俺の息子を潰さんばかりに絞めつけてきたから「んん、ぐうう!」と注ぎこむも、その瞬間、古賀が目の前から消失。
息子を包みこんでいた温もりも、汗ばむ腰をつかんでいた感触もなくなり、注ごうとした精液は便器に落ちて飛散。
訳が分からず「俺の精神異常ぶりがよほどやばいのか?」と考えるも、体は疲弊してだるいし、意識は混濁するしで崩れ落ちそうに。
失神するように眠りそうだったのを、なんとか踏んばり、休憩室まで行ってソファに倒れたなら熟睡を。
結局、そのまま一晩を明かして、先輩に起こされた俺は、もちろん課長から大目玉を食らい。
ただ、俺がうつむいたまま無言、無反応でいると「・・・なんかお前死にそうな顔をしているぞ」とたじろぎ「とりあえず顔を洗ってこい」と追いはらうように手をふった。
ぼうっとしたまま無意識に足を向けたのは、夢かうつつか真夜中に古賀を鞭打って犯したトイレ。
うつむいたまま足を踏みいれると「ひっ」と短い悲鳴が聞こえ、見やれば、例の個室の前に立つ古賀。
まだ悪夢のつづきを見ているのか。
いや、真夜中のあのときのように尻を丸だしにしてなく、かっちりスーツを身にまとっているし、凛々しいラガーマンの見る影なく、顔を青ざめ肩を縮めて震えているし。
なにに怯えているのか知れないものを、憎々しげに睨むいつもよりは話が通じそうに思えて「あの、その・・・」と近づこうとしたら「よ、よよ、よ、寄るなあ!」とすがるように壁に張りつき、泣きながら怒声を。
「こ、この・・・き、鬼畜で、気が狂った、く、く、糞ホモ、げげ、外道の、強姦魔めええ!」
「おお、お前のせいで、俺の人生があ・・・!」と嘆かれて、真夜中のあれを古賀も体験したのだと知る。
朝になって出社し、自分の正気を疑いつつ、トイレの個室に確認にきたのだろう。
「ち、ちがう、俺は・・・!トイレでセックスしたのが、現実だとは・・・その、思っていなくって!」と弁明するも「うるさい!二度と俺に触るな!」とタックルで俺を吹っとばし、そのまま廊下を走っていったよう。
壁に肩を打ちつけ、じんじんとする痛みに涙を滴らせながら「そっか・・・」とやけになったように笑う。
「俺、あいつのこと、好きだったんだな・・・」
にわかに思いだすのは会社の面接、その待機場所で緊張のあまり吐きそうになっていたとき。
面接を済ませた古賀が、震えがっている俺を見かねてか「だいじょうぶだって!」と頼もしげに笑いかけてくれたのだ。
「失敗しないようにって、つい身がまえちゃうんだろ?
でも、いくら気をつけても、やっちまうものはやっちまう!
俺なんか力みすぎて屁をこいちゃったんだから!」
黒い肌を艶めかせ、白い歯に光らせ、大笑いしたのを目にして肩の力がぬけたし、面接時にふと思いだして頬が緩みそうになり、逆に危うかったし。
おかげで内定がもえたのかは分からないが、自分も大変なときに俺なんかにかまって勇気づけてくれたのに、胸が熱くなったから、だから。
仲直りをしたくて、恋が実らずとも、長くそばにいて共に人生を歩みたかった。
時間がかかっても「俺は、お前の思いを踏みにじって危険を及ぼすストーカーとはちがう」と真摯に訴えつづければ、俺の好意を「糞ホモ野郎」と一言で片づけず、ある程度、受けいれてくれたかもしれない。
しれないというのに、トイレの開かずの個室から響く妖艶な男の鳴き声に誘われて、ドアを開けてしまってはもう時すでに遅し。
「俺とストーカーを同一視しないでくれ!」と泣きついても一蹴されるだろうし、そもそも一生許してもらえそうになく、俺を辞めさせられるのを待たずして、逃げるように会社を辞める可能性も。
先輩が話してくれたとおり「なるほど死にたいほどの後悔をさせられるな」と痛感。
恋の自覚がないまま、過ちを犯し取り返しがつかなくなっては、つくづく、やるせないもので、でも死にたいとは思わない。
古賀との壊滅的な関係の修復は不可能でも、肉欲を満たすことはできるだろうから。
たとえ、そうすることで延々と古賀に辛苦を味あわせ、その代償で俺の人生が崩壊しようと、求めずにはいられなくて。
よろよろと開かずの扉の元へ歩いていき、熱い吐息をしながらドアに頬ずりをして告げた。
「今日の夜零時過ぎにまた会いにくるよ、古賀・・・」
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