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第4話

「私の伴侶になってくれ」 「こ、断る!」  俺はジーヴルの頼みを突っぱねた。  知り合ったばっかりの奴に求婚されて、はいと言う方がどうかしてる。  しかし……王子の求婚を呑むというのは、大臣などに上り詰めるのを待たずとも、王家に付け入るチャンスなのではないか?  一瞬そんな考えもよぎったが、すぐボツにした。  伴侶ということは、夜伽を申しつけられることも当然あるだろう。  この魔王トラゴスが、寝所で他人にあられもない姿を晒す……? 反吐が出る。  ラスボスたるもの、せめて形態を変えるまではきっちり着込んでいたいものだ。    拒否した俺のことを、ジーヴルはさも信じられないといった目つきで見てきた。 「断られるとは思ってもみなかった。ますます面白い奴だ」  断られると思ってなかった……だと……!?  ちょっと拒否したくらいでは、ジーヴルは全く動じない。  こうなったら、俺が恋人にふさわしくない理由を、この馬鹿王子にしっかり説明してやる! 「あのなあ。俺はさっき、爆発を起こしてお前を吹っ飛ばそうとしたんだぞ!?」 「それが?」  俺が詰め寄っても、ジーヴルは涼しい顔をしている。 「あんなことされて、ムカつかなかったのか」  訊ねると、ジーヴルは首を横に振った。 「別に」  人の怯える顔が好きな俺が言うことじゃないけど、どんな感性してんだこの王子! 「それに、俺はお前の大好きな校則とやらを入学早々破った不良生徒で……」 「別に校則が好きな訳じゃない。 言っただろ、君が破った校則は、無用なトラブルを避けるために必要なものだって。 意味の無い規則はむしろ嫌いだ」 「と言うか、乙女ゲームの男が男を好きになるのはどうなんだ?  ジャンルへの裏切りでは?」 「私は公式設定で男も女も好きだ。  私のルートは、主人公含む複数の男女をこの私自らが集め、伴侶の座を争わせるというストーリーだぞ」 「ええ……」  駄目だ、何を言ってもジーヴルの意志は変わらない。  というか、キラキラした雰囲気に反して尖ったストーリーしてるな、この乙女ゲーム。 「主人公が私と恋愛したければ、入学の前日から立てておかなくてはならないフラグがあるのだ。  しかし昨日、主人公は来なかった。  つまり主人公は私を攻略する気がないようだから、君と私がフラグを立てても何ら問題は無いということだ」  ジーヴルのターン! とばかりに反論されてしまう。    競技場のスタンドで見ているはずの主人公からも、異議は上がらない。  ジーヴルは高い靴音を鳴らして俺に近付くと、俺の顎に手を遣って、軽く上向かせた。 「安心しろ。バッドエンドで伴侶候補の一人に刺されて懲りたから、もう複数人集めて争わせることはしない。  トラゴス、君だけを狙う」 「え、あ……」  やばい、論破されている。  この俺がどんどん追い詰められている。  乙女ゲームの攻略対象がみんなアンジェニューとかカルムみたいにほわほわ優しいと思ったら、大間違いだ。  こんな強引な男が恋愛対象として需要あるとか、嘘だろ?  しかもパッケージで一番デカデカと描かれてるって?  まあプレイヤーが現実で添い遂げたいタイプと、フィクションで惚れるタイプが必ずしも一致している訳ではないだろう。  しかし俺にとってはこの世界こそが現実なんだから、笑えねえ。 「怖がる必要はない。私を信じなさい」  怖がる……その一言が、俺の誇りを傷付けた。 「怖がってない! お前が俺を怖がれ!」  俺はジーヴルの手を振り払うと、ムキになって叫んだ。 「君みたいな可愛い子を、どう怖がれと?」  真顔で首を傾げられ、俺の頭にはますます血が昇った。 「俺は強かっただろう!? 驚いただろう!?」 「確かに強かったが、それは尊敬に値することだ。恐れるなんて、とんでもない」    会話は平行線を辿る。    その時、俺たちの耳に鐘の音色が届いた。  講堂からだ。  入学式の予鈴だろう。  ジーヴルはフッと息を吐くと、手を叩きながら声を上げる。 「じいや! じいやは居るか」 「ここに」  横柄な呼び付けに応じて、いかにも執事といった雰囲気の初老男性がどこからか現れた。 「じいや、天井を修復しておいてくれ」 「かしこまりました」  じいやは修復魔法の持ち主らしく、彼が念じると崩壊した天井がゆっくりと元に戻っていく。 「私は諦めないからな」  不穏なことを言い残して、ジーヴルは競技場を出て行った。  王家を蹴落として国に君臨しようと思っていたが……予定変更だ。  平和ボケした国民全員をビビらせるよりも、この王子一人を恐怖のどん底に叩き込む方が万倍面白い。  在学中に不敬罪で処刑されて第二の人生が終わっても構わん。  ジーヴル……あいつの恐怖に歪む顔を、何としてでも拝んでやる!    ロジエ魔法学園に入学して、二週間あまりが経った。  勉学に励み、アンジェニューやカルムは元より、その他にもたくさんの友人を得た。  また登山サークルでの活動も始めた。  山羊のような角や目を持つせいか、俺は山岳の空気がとても好きなのだ。  そして肝心の、ジーヴルを怖がらせるという目標なのだが。  結論から言うと、失敗ばかりだ。  放課後、俺は何度もあいつと決闘をしている。  しかし負けてばかりな上、ジーヴルは常に涼しい顔をしている。  罰を覚悟してジーヴルの寮室に侵入した深夜は、特に最悪だった。  抱き枕になってくれたら不問にする、と言われてベッドに引き摺り込まれかけ、闇討ちどころではなく逃げ帰ってしまった。  こんな屈辱は初めてだ…!  今日こそ! あいつの恐怖に歪む顔が! 絶望の表情が見たい!  そう思い、今日も俺はジーヴルに襲いかかった。  裏庭で薔薇の手入れをしているジーヴルに、決闘を申し付けたのだ。 「ラスボスたるもの、お前が丹精込めて育てている薔薇を燃やすような真似はしたくない。  そういうのは小悪党の仕事だからな。  だからあっちの広場に行こう」  俺がそう誘うと、ジーヴルはフッと鼻で笑いながら付いてきた。  何がおかしい!?  いちいち腹立たしい奴!  広場で向かい合い、俺が炎の槍を放ったのを合図に戦いが始まる。    ジーヴルはそれを軽くかわすと、手の中に氷の剣を作る。  白兵戦がしたいのか? 良いだろう。  俺も広場の片隅に設置してあった用途不明の扉を溶かすと、それを剣に作り変えた。 「行くぞ!」  俺が剣を構えて突進しても、ジーヴルは動かない。  ナメているのか!? 「単純な挑発に乗ってしまうところも、可愛いよ」  ジーヴルは微笑むと、辺りに氷の壁を降らせた。  壁は、鏡のように景色を反射している。  無数の壁は、鏡張りの迷路のように俺を囲んでしまう。  さらには上方も氷で塞がれていた。  逃れようがない上に、方向感覚もめちゃくちゃになる。 「クソッ……」  魔法で炎を撒き散らしながら闇雲に走り回る俺を、迷路の外からジーヴルが嘲笑った。 「氷の奥に、トラゴスの影が透けているぞ。 これで逃げられまい」  壁を突き破って、数十本もの氷の槍が縦横無尽に差し込まれ、柄と柄の間に目標を閉じ込める。  氷の壁の一部が割れて、ジーヴルが迷路を覗き込んだ。  氷の槍に閉じ込められて身動き出来ないはずの魔王トラゴス様を確認しに来たのだ。  しかし俺は手を伸ばし、ジーヴルの顔面を引っ掴んだ。 「まんまと騙されたなぁ!」    ジーヴルが閉じ込めたと思った人影は、俺ではない!  剣を再び溶かして形作った、俺そっくりの像だ。  掴まれてもなお、ジーヴルは平気そうな顔をしている。  余裕でいられるのも今のうちだ——!   「ねえ、そこで戦ってるお二人さん」  知らない男に呼ばれ、俺たちは戦いの手を止める。  氷の迷路は解除され、霧になって消えた。 「君はシャン・コルザ。園芸部か」  ジーヴルが言った。生徒全員の顔と名前を覚えているどころか、部活まで覚えているとは。 「覚えていただいてたんですね。光栄です。 ここの扉が無くなってるんですけど、知りませんか」 「あー……」  訊ねられ、俺は囮にした像に目を遣った。  シャンはそれで全てを察したらしい。 「畑に獣が入ってくるのを防ぐための物なので、無いと困るんだけど……」 「え? あー、すまない……」  訳の分からないところに建っているので溶かしてしまったが、そんなに大事なものだったとは。 「獣が活動しだす夕暮れ時までには直しといてくださいねー」  シャンはそう言い残して去って行った。  ジーヴルはパンと手を叩く。  「じいや! ……は、娘さんが出産するというので会いに行っていたのだった……」  修復魔法を使えるじいやは、今日は居ないようだ。  自分たちで門扉を元通りにしなくては……。  俺が鉄の像を溶かし、門扉の形に整える。  ジーヴルが氷の剣で、さくさくと花の文様を彫刻する。  形成は簡単だった。しかし……。  美しいゴシック建築が並ぶ学園の中で、この門だけがあまりに武骨な、鉄そのままの色をしている。  元々この門は、アンティーク調のくすんだブラウンで塗られていた。 いくら畑の獣よけとはいえ、ものすごく浮いている。  これでは、修復したとは言えないな……。  炎の魔法と氷の魔法で、色をどうにか出来る訳もなく。 「塗料が要るな、これは」  俺はつぶやいた。 「買いに行くぞ」  ジーヴルが校外へ出ようとしている。 「行ってらっしゃい」  俺が手を振ると、ジーヴルはその手首を掴んできた。 「トラゴスも行くんだ」 「分かったよ……。確かに、門を溶かしたのは俺だからな」  王子をパシってやろうかとも思ったが、さすがに無理か。  だって、こうなったのはだいたい俺のせいだし。 「責任を問うている訳ではない」 「え?」  意外な一言に、俺はジーヴルを凝視してしまう。  でも次の一言の方が、もっと驚いた。 「デートがしたいのだ」

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