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第6話
悪役令嬢を主人公から追い払うために、俺は彼女たちに近付いていく。
すると二人の目が一斉にこちらを見た。
「あ、貴方は……」
「噂の魔王とやらじゃないの」
どうやら俺のことは知られていたようだ。
だが別に、どうってことはない。
「目障りな……」
俺が言いかけたのを遮るように、主人公と悪役令嬢が怒涛の勢いで話しかけてきた。
「王子ルートの攻略は進んでますか?
分からないことがあったら主人公の私に訊いてください、王子ルートの記憶も少しはありますから」
「私も王子ルートとかいう茨の道を通るつもりはありませんので、少しは協力して差し上げても良くってよ」
……あれ? 俺、応援されてる?
一瞬固まってしまったが、くだらん誤解は解いておかなくては。
「好きなのではない。
魔王トラゴスに恐怖し、絶望するあやつの顔が見たいだけだ」
「そうかしら?
毎日決闘を申し込んでるじゃないの。
たいした執着ぶりだわ」
「好きじゃないと続かないよね」
主人公も悪役令嬢も、不思議そうに言う。
何故そう曲解するのだ!?
もう良い、さっさと目的を果たして去ろう。
「そ、それより。
人の腕を捻り上げるようなみっともない真似をするんじゃない」
俺が言うと、悪役令嬢はフンッと主人公の方を見遣る。
「みっともないのは私じゃなくて、この子の踊りですわ」
踊り?
「あ、もしかして私がジョリーにいじめられてると思ったの?
違うよ、ダンスを教えてもらってたの」
あれがダンスだったのか?
それは酷いな……。
「そういえば名乗ってなかったよね。
私はルル・プリエ。このゲームの主人公です」
「私はジョリー・ヴァンクール。
お察しの通り、悪役令嬢よ」
二人は丁寧に名乗ってくれる。
「うむ……俺はトラゴス・ビケット・オーデー。
RPGではラスボスをやっていた魔王だ」
一応自己紹介しておいたが、俺のことは学園中に知られていそうだ。
もはや誰も驚かない。
「とりあえず、今日はもう練習終わりよ。
HPがカツカツですわ」
ジョリーが溜息混じりに言った。
ダンスパーティーとはいかにも乙女ゲームらしいキラキラしたイベントだが、苦労も多そうだ。
「しかし……ダンスも駄目駄目ですが、もっと駄目なのはドレスですわ」
「だよねえ」
「ドレス?」
去ろうとしていたが、あまりに問題山積な彼女たちが憐れで、思わずオウム返ししてしまった。
するとジョリーがすごい剣幕で愚痴りだす。
「そうよ、この子のドレス!
誘ってくれた方の顔を立てるために苦手なダンスパーティーに参加するってだけでも危ういのに、
あんなボロボロのドレスではもはや泥を塗りに行くようなものよ!」
うむ、それは正論だ。
「私の家は、ギリギリで学園に入れたレベルの弱小貴族なの。
ダンスパーティーに相応しい服なんか、ひいひいおばあちゃんの代から家に伝わるドレスしか無いんだけど、それもちょっとくたびれてて。
古さが目立たないようにリメイクして、どうにか着たいんだけど……リメイクの方法すら思いつかなくて」
主人公ことルルが捕捉する。
「ドレスくらいジョリーが貸してやれば良いだろ」
俺が言うと、ジョリーは顔をしかめた。
「喧嘩売ってますの?」
その隣で、ルルがおどおどしている。
「さ、サイズが合わないんだよ。ほら、ジョリーは私よりもスレンダーだから……」
背格好はあまり変わらないのでは?
と思ったが、胸か。
これ以上は何も言うまい。
ジーヴルのような天然セクハラ野郎とは違って、俺はその辺の気遣いが出来るのでな。
「ねえ、RPG世界の服ってどんな感じでしたの?」
唐突にジョリーが訊いてきた。
「どんな、と言われても……」
急に言われても、なんと説明して良いのやら。
「私たちの世界と比べて、ですわ」
「ふむ……まあ、乙女ゲーム世界の服飾は上品で俺も好きだが、古風でエレガント一辺倒とは思う。
RPGでは、踊り子や遊び人などの派手で前衛的な連中も居たぞ」
すると、ジョリーが目を輝かせた。
「RPG世界で色んなファッションを見てきたトラゴスなら、何かアドバイスをくれるかもしれませんわ。
明日の放課後、手伝いに来てちょうだい!」
え!? 俺にアドバイスを求めるのか!?
「お、おい……!」
「それ良いかも。お願いします」
「明日ここで待ち合わせね。頼みましたわよ」
ルルとジョリーは、さっさと女子棟の方に帰って行く。
新たに面倒なことに巻き込まれてしまった……。
次の日の放課後、俺は仕方なくジョリーと待ち合わせて、ルルの部屋を訪れていた。
ミシンの横に置かれているのは、ピンクのドレス。
ピンクといっても、紅茶のようなくすんだ感じだ。
しかし全体的にシワがよっているし、ところどころ黄ばんでいるし、ほつれている箇所もあるし……枯れた花のようにしんなりした印象だ。
一見上品なくすんだピンク色も、実は経年劣化の結果だったりして。大いにあり得るな。
「ねえ、これどうしたら綺麗になると思う?」
ルルが不安げに問うてくる。
そんなもの……。
「水と石けんで洗ってから、重しでシワを伸ばせば良いだろう?」
俺が言うと、二人はえらく驚いた顔をした。
な、なんだ?
まさか石けんが無い世界だとは言わせないぞ!
「ドレスを水洗いしたら傷むでしょうが」
ジョリーにひどく呆れられてしまった。そうなのか、すまん。
「お花でも付けてアレンジして、黄ばみとかほつれを隠せたらいいかなーと思ったんだけど、隠したい箇所の全部にお花を付けたらゴテゴテしちゃうでしょ?
どこから手をつければいいのやら」
机の上にに転がった造花を指差しながら、ルルは困り果てた顔をする。
俺も一緒になって頭を悩ませていると、ドアが開いて、丈の長いワンピースを着た女が現れた。メイドというやつだ。
「皆さま、お茶をお持ちしました」
「あら、ありがとう」
彼女はどうやらジョリーのメイドらしい。
「いつもありがとうございます」
「かたじけない」
ルルと俺も頭を下げる。
その時ひらめいた。
「メイドが着ている、そのひらひらした前掛けは?」
黒いワンピースの上に、白くふりふりした長い前掛けが掛かっていて、それが胸元から裾までを覆っている。
「これですか?
タブリエ、もしくはエプロンというものですが」
メイドが答えてくれる。
「それを使えば良いのでは?」
俺が言うと、周囲の女性三人は沈黙してしまった。
「いかんのか? ドレスもメイドも似たようなものだろう、ひらひらで」
俺が言い直すと、ジョリーは頭を抱えた。
「お仕事用の服とパーティードレスが同じ訳ないでしょ!?
やはり殿方には難しい頼みだったかしら……」
あ、説明不足だったかな。
「いや、そのまま着ていく訳ではなくてだな。
タブリエを縫い付けて、くたびれた所を隠しながらボリュームを出せば、どうにかならないか?」
「……なるほど。良い案かもしれません」
真っ先に肯定してくれたのはメイドだった。
彼女がさっそく新品のタブリエを持ってきてくれる。
試しに、ドレスの上にタブリエを被せてみると、目立つ汚れやほつれの大半はそれで隠せそうだった。
「タブリエを綺麗に飾り付けてから、ドレスに縫い付ければ……」
ルルは目を輝かせた。
「そうね! さあ、トラゴスも力を貸すのよ!」
ジョリーが俺に笑いかけた。
はあ……。
ミシンの使い方は分からないので、ドレスを見ながら、思いついたことを適当に述べていく。
「このヒラヒラだが……」
腰のところに付いたヒラヒラした布を指差す。
「ペプラムですわね」
ジョリーが部位の名前を答えてくれる。さすがに詳しいな。
「そのペプラムとやらを剥いで、タブリエの表面に縫い付ければどうだ?」
早速ルルがペプラムを剥ぎ取り、そこからさらにレースを取り外して分解し、タブリエの胸元に縫い付ける。
するとタブリエの粗い布地が一転、華やかになった。
やばい、どんどんアイデアがあふれてくる。
まさかこの俺に、ドレスのリフォームの才能があるとは!
「この長袖のせいでやぼったく見えるのではないか?
切ってしまえ」
「ちぎった袖、捨てるにはもったいないな。
花の形にでも丸めて、胴体ののっぺりしたところに付けるのはどうだ?」
「それから、ここは……」
二時間ほど切っては縫ってを繰り返すと、ドレスは徐々に美しくなっていった。
「ほつれてる裾も切りましょう」
ジョリーが言うと、ルルは難色を示した。
「ほつれたところ全部切ったら、パニエの裾が見えちゃわない?」
「あー……」
パニエって何だ? と思ったが、話の流れで何となく察した。
スカートを膨らませるためのもこもこしたやつに違いない。
下着の一種だろうから、確かに見えるのは良くないな。
「でしたら、パニエの裾を可愛く飾れば誤魔化せませんこと?」
ハッとした顔でジョリーが言った。
するとルルは、机の端に追いやられていた造花をかき集めた。
「これを付けちゃおっか!」
「名案ですわ!」
とうとうアイデアが出尽くす。
出来上がったドレスは……うむ、リフォーム大成功ではないか!
「凄い、可愛くなった……!」
「やるじゃないトラゴス!」
「二人のアイデアもなかなかのものだったぞ」
達成感にあふれ、俺たちはハイタッチした。いぇーい。
しかし、とジョリーがドレスをひっくり返す。
「タブリエで隠れない背中側は、少しシワが目立つわね」
ルルは首を横に振った。
「それくらい、ずっと踊ってれば分からないよ。
協力してくれてありがとう。ドレス、大切にするね」
ルルの部屋から出てから、歩きながら俺とジョリーは少し話した。
「俺がジーヴルを好きだの何だのとからかってくれたが、ジョリーも大概ルルのことを好きではないか」
「私の兄とルルの従姉妹が結婚しているよしみでズルズルと仲良くしているだけよ。
私はあんな能天気な子、苦手だわ」
「そうなのか」
えらく仲良さそうに見えたのだがな。
「私は悪役令嬢よ。
どのルートでもコンプレックスを乗り越えられなくて、最後にはルルに当たり散らして退場させられる役目なの」
「だがルルには他ルートでの記憶があるのだろう?
それでも付き合ってくれているということは、ルルは君を許しているのでは?」
「悪役令嬢の動向やモンスターの出現箇所みたいな、主人公の有利になりすぎる記憶は、周回を終えると強制消去されるの。
だからルルは今、私のことをただのライバルキャラみたいなものと思ってる。
本当はそんな可愛いものじゃないのに……」
そこまで言ってから、ジョリーはため息を吐いた。
「少し喋りすぎましたわ。じゃあね」
ジョリーの背中を見送り、そのまま男子寮に帰ろうと思ったが、やめた。
方向転換し、俺は図書館へと向かった。
とうとう訪れた、ダンスパーティーの夜。
会場である学園内のホールに俺は来ていた。
王子であるジーヴルも、予想通りパーティー会場に居た。
真面目くさった顔で、他の客と話している。
つまらなさそうだな……俺を口説いてくる時とは違って。
とにかく、俺はあいつに用がある。
つまらん会話から解放してやるのだから、感謝しろ!
「ジーヴル! 顔を貸せ」
俺が呼ぶと、ジーヴルは驚いた顔でこちらを見た。
「トラゴス……何故君がここに……」
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