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第9話
この王子なら、俺が弱っているのを良いことに強引な手段をとってもおかしくない!
俺は咳き込みながらも、警戒心マックスで上半身をベッドから起こす。
「トラゴス、私に見惚れているのか?
頬が赤いし、目は潤んでいる……いつにも増して可愛いな」
ジーヴルが真顔で言った。
な、何故そんなに話が飛躍するのだ!?
こいつ、風邪エアプか!?
「熱が出ているせいだ!!」
俺は全力で反論する。
するとジーヴルは俺の側にしゃがんで、額と額を重ねてきた。
「うむ、確かに熱い」
呟いて、ジーヴルは懐をまさぐった。
次は何をするつもりだ……!?
何が出てきても驚かないぞ。
花、手紙、ポエム、宝石、婚約指輪……どうせその類だろう!
予測なら出来ている!
「早く元気になってくれ」
……ジーヴルが手渡してきたのは、治療薬だった。
「え、あ……うむ。ありがとう」
ま、まともすぎて逆に驚いてしまった……!
よく見れば、ジーヴルの指先が赤い。
「怪我か?」
「少しな」
嘘だろ、俺だってジーヴルにろくにダメージをくらわせたことが無いのに。
「お前にダメージをくらわせる者が、俺以外に居るなんてな。
どこのどいつだ、それは」
俺が訊ねると、ジーヴルは冷笑した。
「嫉妬か?」
「違うっ」
だから、何故そうやってすぐ話が飛躍するのだ!
俺はただ、ジーヴルを恐怖のどん底に叩き込むという栄誉を他の雑魚に譲りたくないだけだ。
ルルとジョリーは、そんな俺のことをジーヴルに執着していると言っていたが……気のせいだ、気のせい。
「安心してくれ、これは俺自身の魔法で凍傷になったのだ」
「凍傷!?」
俺は登山部だから、凍傷の恐ろしさを人一倍知っている。
まさか一国の王子が怪我をして、治療を受けずに放置、なんてことはないだろう。
治癒魔法くらい既にかけてもらっているはずだ。
治癒してもらってこれ、とは……治す前はもっと酷かったのか?
水ぶくれとか、壊死とか……。
そもそも、こんなに早く治療薬が出来上がった時点で、気付くべきだったのだ。
アンジェニューとカルムだけでは、完成にあと数日はかかったはず。
強力なモンスターを倒して彼らに素材を渡した協力者が居たという訳だ。
その協力者とは、つまり。
「まさか、強力なモンスターを倒した時に凍傷に?
治療薬の素材のために……?」
「少し手こずって、自分ごと氷漬けにしなくてはならない場面があってね。
だが楽勝だった」
ジーヴルは余裕の微笑みを浮かべる。
ジーヴルが、俺のために……。
強いモンスターを倒してくれたジーヴルへの褒美として、アンジェニューとカルムはジーヴルと俺を二人きりにしたのだろう。
彼らも、俺がジーヴルを好きだと思っているのだろうか。
余計なお世話だと言いたいところが、まあ良い。
今回は彼らに迷惑をかけっぱなしなので、不問としよう。
しかし、俺はジーヴルを恐怖させようともくろむ魔王だぞ?
そんな俺のために、傷ついてまで素材を集めてくるなんて。
ジーヴルは、好きな人のためならそこまで出来る人間なのか……。
さすがは乙女ゲームの王子キャラ、だな。
その熱意を俺なんかに向けてしまって……それでジーヴルは本当に幸せになれるのだろうか。
元はと言えば、ゲームがバグったことが原因なのに。
「ところで、トラゴスは食事が不要だと言っていたが……やはり食べた方が良いのではないか?
美味しいものを食べると元気が出るぞ」
治療薬を飲んだ俺を見届けると、ジーヴルが言った。
「そうか……?」
「ああ。病は気から、だ。
気分が上がれば、病も軽くなる」
そういえば、ジーヴルはたびたび食べ物の話を振ってくる。
すらりとした見た目だが、意外と食いしん坊なのだろうか?
……ギャップがあって可愛い、などと思ってはいないぞ。
絶対にな。
「では……何か食べてみようかな」
先日共に食べたチュロスのように、美味しい物でもくれるのだろうか。
「うん」
ジーヴルは、ズボンのベルトに手をかけた。
は?
「帰れ変態!!」
俺は病を押して、部屋中に魔法陣を展開した。
「待て、私は変態ではな……」
「嘘つけ!」
何でまだ言い訳のチャンスがあると思っているんだ!? この期に及んで!
ジーヴルめ、俺様にも程がある!
魔法の炎が燃え盛り、一瞬で部屋の酸素をほとんど消費する。
俺もちょっと息苦しいが、我慢だ我慢。
周囲の酸素が少なくなり、炎が弱まったところで、超スピードで鋏を投げてドアの蝶つがいを二ついっぺんにブッ壊す!
ドアが倒れた途端に新鮮な酸素が流れ込み、弱まっていた火種は爆発的に再燃焼した。
ジーヴルは爆風に押し出されて、廊下に放り出される。
廊下で待っていたアンジェニューとカルムが驚いているのが見える。
「トラゴスめ……本当に面白い奴だ」
吹き飛ばされてもジーヴルはやっぱり、平然としているのだった。
また『面白い奴』と言われてしまった……ここまでされても、まだジーヴルは俺を嫌いにならないらしい。
全く、ジーヴルをちょっとでも見直した俺が馬鹿だった!
ちょっと優しくされたからって、俺はあんな奴に惚れないぞ。
ラスボスとしての矜持を貫くのだ。
俺は屈服しない、決して!
なおアンジェニューとカルム、そしてジーヴルが作ってくれた治療薬のおかげで、すぐに俺の体調は回復したのだった。
数日後。
俺はジョリーと共に、学園の隅にある東屋に居た。
「最近ルルとアンジェニューって良い感じですわよね」
「ルルはアンジェニュールートに突入するのか」
「さあね」
すぐに話題が尽きる。
それも当然だ。
俺たちは、ここに居たくて居る訳じゃない。
二人ともカルムに呼び出された……のだが、肝心のカルムが来ないのだ。
「お待たせ。先生に任されたこと片付けてたら、ちょっと遅れちゃった」
やっとのことで、カルムが来た。
「良くってよ。
早速本題に入ってくださいませ」
ジョリーが促すと、カルムは単刀直入に告げる。
「好きな子が出来た」
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