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第23話

「……ジーヴル」 「ビケット!」  谷底に魔法で雪を敷き詰めながら、ジーヴルが待っている。  ジーヴルと何度も決闘してきて、お前が次にやりそうなことは分かっている!  炎を谷底に放ち、大量の雪解け水を作る。  俺はコメディアの棺を加熱しながら、共に全速力で突っ込んでいく。    コメディアを包む棺のような粘り気のない硬い物質が、高温のまま冷水に落ちたらどうなるか!  コメディアを雪解け水のプールに叩き落とした瞬間、火薬やガスとは全く異なるタイプの爆発が起こる。  そう、水蒸気爆発というやつだ。  俺は自爆を覚悟していたが、ジーヴルが氷で包んで守ってくれたために無事だった。 「本当に済まない。婚約を申し込むのに、至らない行いがあった……」  ジーヴルが肩を掴んでくるが、振り払う。 「話はこいつを倒してからだ!」 「……話はしてくれるのだな?」  一瞬傷ついた顔をしていたジーヴルは、一転して微笑んだ。 「今、各地で道化師を撃破したと連絡が入った!  私も、ここの道化師共を全滅させたところだ!  再び道化師を召喚されるまでに、コメディア本体を倒せ!」  崖の上からデゼールが叫んできた。  水蒸気爆発で砕けた棺の中から、コメディアが這い出してくる。  雪解け水が波打ったと思った瞬間、目の前からコメディアの姿が消えていた。 「……え?」  一瞬何が起こったか分からず、俺は間抜けにも口をぽかんと開けながら、辺りを見回す。  しかも、隣に居たはずのジーヴルが居ない! 「ジーヴル!?」  数秒経ってから、やっとジーヴルとコメディアの姿を見つけた。    コメディアの両手を、ジーヴルが凍らせている!  あれならばコメディアは光の弾が撃てず、俺たちが棺に閉じ込められる心配も無くなる。  考えたではないか、ジーヴル!  しかし俺の目は、同時にとんでもないものを捉えてしまった。  見間違い、では、ないのか……?  ジーヴルとコメディア、向かい合う二人の腹を、一本の剣が深々と貫いている。  ジーヴルの瞳がわずかに動き、俺の方を見た。  傷口を凍らせて止血しているようだが、痛みは計り知れないだろう。 「っ……」  気付くと俺は、コメディアに飛びかかっていた。  しかしコメディアとジーヴルは一瞬で目の前から掻き消え、炎を纏った俺の手は空振りする。  次の瞬間には、背後からコメディアの蹴りが襲ってきた。  一撃食らってしまったが、どうにか後ずさって体勢を立て直す。  コメディアめ、防御が破られたので高速攻撃に転じたか……!  ほとんど瞬間移動のようなものだ、全く隙が無い!  ジーヴルと共に串刺しになったままヒットアンドアウェイ戦法で俺を追い詰めてくる。  ジーヴルはコメディアが剣から逃れられないよう、剣の柄をギリギリと握り締めている。    目の前に現れたコメディアを殴ろうとしては避けられ、反撃を食らっては逃げ……それを繰り返しているうちに気が付いた。  あの剣、氷で出来ている。  ジーヴルが精製したものをコメディアが奪って刺した?  いや、違う。剣の柄がコメディアの背中側にあるということは、あれを刺したのはジーヴルだ。    ジーヴルは何の意味もなくあんなことをしない。  よく見て、あいつの考えを理解しなくては!    交戦するうちに、ジーヴルとコメディアの身体の周囲に違和感を感じた。  モヤモヤしているこれは……雲?  雪解け水のプールから上る水蒸気と、戦いで舞い上がる塵を、ジーヴルがこっそり冷やしているのだ。 「なるほど……分かったぞ、ジーヴル!」  俺は叫びながら、魔法陣を一つ展開させると炎を撃った。  弾幕を張るのではなく、魔力を一点集中させる。  炎の軌道上から、コメディアはフッと消える。  しかし、そんなことは計算通りだ!  谷を激しい光が一閃すると同時に、炎は急に進路を変えて縦に広がり、俺が目視するより早くコメディアのHPを削りとっていた。  コメディア本人も、何が起こったか分かっていないといった様子だ。  もちろん、バリアなど張る暇さえ無かった。  ジーヴルは、自身を氷で包んでいたために無事だった。  二人を貫いていた氷の剣を溶かすと、コメディアから離れる。 「よく私の考えを理解してくれた」 「当たり前だろう。俺は魔王トラゴス・ビケット・オーデーだぞ?」  ジーヴルが作った雲は、雷を放出していた。  雲の上部はプラス、下部はマイナスの電気を帯びている。  炎はそもそもプラズマという状態にあり、プラスの電気を帯びている箇所とマイナスの電気を帯びている箇所に分かれているものなのだ。  雷を発生させる通り道は、炎が自動的にコメディアを追尾するための電気の溜まり場にもなっていたのだ。  炎に包まれていたコメディアは、HPがゼロになると、手乗りサイズにまで縮んだ。  ジーヴルはコメディアを氷漬けにして、さらに崖の壁面に氷で階段を作ってくれた。  デゼールの側に、棺に閉じ込められていたヴェルティージュと勇者が立っている。  崖の上から見下ろす景色にも、棺はもう無かった。 「ジーヴル様、酷い怪我! すぐにルルを呼ぶよ」  ヴェルティージュが慌てて水晶を取り出し、救護班として学園に詰めているルルへ連絡した。 「ジーヴル、お前何故谷底に居たのだ?  お陰で助かったが」  やっと疑問に思っていたことを訊ける。  正直、現れた原因が分かっているコメディアよりも、急に現れたジーヴルの方が怖かったくらいだ。 「ジョリーが呼んでくれたのだ」 「ジョリーが?」  俺に付き合っておれんと言って戦線離脱したのではなかったのか? 「ジョリーは強化魔法を自分にかけて、王城まで走ってきた。  トラゴスが捨て身でコメディアを倒そうとしているから助けてやれと、籠城していた俺たち王族の前で喚いてくれた」 「そうだったのか……」  さすが悪役令嬢、凄いツンデレとガッツの持ち主だな。 「ジョリーは俺に強化魔法をかけると、負荷のあまり気絶してしまった。  王家の専属医が診ているから、そのうち起きてくるだろう」 「ならば、ひとまず安心か」 「それで、だな」  ジーヴルは咳払いひとつすると、俺に向き直る。 「何故トラゴスに捨てられたのか考えているうちに……私が何故トラゴスを好きになったのか伝えていなかったことに気付いてな」 「どうせバグのせいじゃないのか?」 「違う。トラゴスを好きになったのは私の意志だ。  ほら、私は完璧な存在だろう?  誰にでも好かれて当然だと思っていたから、惚れた理由を言葉にして伝えるという発想が無かった。  だから、今から伝えよう」  うーん、ムカつく。  まあ一応聞いてやるか……。

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