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第10話 匠

 俺のスエットを着てちょこんと電車の隣の席に乗ってる。上原のその姿は、可愛い。黒縁の少しごついメガネで大人っぽく演出しているつもりだろうが、スーツ姿じゃなくてぶかぶかのスエット上下。そのせいで、眼鏡まで借りてきた物のようだ。  可愛い顔をしているのだからコンタクトにしたら良いのにと思いながら見ていたら、にこにこと笑いながら「買い物は久しぶりです」と嬉しそうだった。  上原の着るものを買うだけだったら駅前にある量販店で充分だ。けれど俺のコートを買うと言う使命をおびた仔犬は嬉しそうについてくる。  そもそも俺に借りた金は1万だけ。クリーニング代を差し引いたら洋服フルセット買う金は残っているかさえ微妙だろう。  電車に乗る前にこいつの服を買うべきだとは思ったが、どうしてかこいつの困った顔が見たくて仕方ない。  駅前の量販店の方を見て、入りたいという顔をしたその瞬間に声をかけた。  「おい、行くぞ」と、背中をポンと押した。驚いたように跳ねて慌てて駅の方向へと向かう。周りを気にして少しモジモジしている。駄目だ、この反応。つい笑いたくなる。  行きつけのショップの店員が訝しげに上原を見ている、確かに場違いだ。少し困った顔をしていたが、コートを見つけると目を輝かせた。仔犬が投げてやったボールを見つけたように嬉しそうにそれを持って戻ってきた。  それから量販店で上原のジーンズとシャツを買う。借りたお金が底をついたらしい。スエットのポケットを確認しながら悲しそうな顔をしていた。  靴までは流石にお金がまわらないはず、分かっているがこちらからは助け舟は出してやらない。  「上原、そろそろ飯にするか?」  もう買い物は終わったと、そう伝える。  「あ、え……はい」  上原はしょんぼりと耳と尻尾を垂れた。

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