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第六章 痴話喧嘩①

「准ちゃ~ん。どうしたのさ、そのお弁当」    昼休憩中、長谷川さんに見つかった。今日の俺の弁当は、白飯に海苔で大きく文字が書かれている。クソバカと。バカ、アホ、クソ、と来てのクソバカだ。明日はクソアホになるのだろうか。   「最近見る度そんな弁当じゃない? どんな怒らせ方したの」 「……別に……」 「意地張ってないで、ちゃんと謝って仲直りしなよ?」 「……俺は悪くない」    事の起こりは、一週間ほど前に遡る。歩が大切に飾っていたキャンディの空き瓶を、俺が誤って割ってしまった。  何度も何度も謝った。割った直後も、次の日も、その次の日も、平謝りに謝った。代わりのものがあればいいかと思って、同じような瓶入りのキャンディをわざわざ探して買ってきた。それなのに歩は、そんな偽物いらないと冷たく突っ撥ねやがる。  取り付く島もない歩の態度に、俺もいよいよ堪忍袋の緒が切れた。   「いつまでも拗ねてんじゃねぇよ。ガキじゃあるめぇし」 「……拗ねてるだと? 誰が」 「お前がだよ。他にいねぇだろ。俺だってわざとやったわけじゃねぇのに、いつまでもネチネチネチネチ、しつこいんだよ。いい加減許せよ。謝ってんだろ」 「……てめェのそういう態度が気に食わねぇんだよ」 「どういう態度だよ、言ってみろ。大体、自分はどうなんだ? 不機嫌な面しときゃ、俺が構ってくれると思ってんだろ。言っとくけど、世の中そんなに甘くねぇからな。いい加減うんざりなんだよ、お前のご機嫌取りは」 「はっ、それがてめェの本心か。口先だけで謝っときゃ何とかなると思ってんだろ。本当は自分が悪いなんてひとっつも思っちゃいねぇくせに。本音が透けて見えてんだよ」 「んだよ、その言い方は? 大体、全部俺が悪いみたいに言うけどな、お前があんなモンをあんなとこに置いといたせいでもあるんだぞ。空き瓶なんか、いつまでも大事に取ってねぇで、さっさと捨てちまえばよかっ――」    そこで俺は舌を噛み、床を転げ回って悶絶した。  俺の愚痴を聞き終え、長谷川さんはぞっと蒼褪める。   「な、なかなか強烈だね……。話聞いただけでタマヒュンしちゃうよ」 「でしょ? いきなり金的とか、何考えてんだって感じっすよ。マジで潰れたらどうしてくれんだっつーの。あいつ、自分だって痛みが分かるくせに、本気で蹴ってくるんだもんよォ」 「いや、逆じゃない? 痛みが分からないから蹴ってくるんじゃないの?」 「あ、ああ、まぁ……。でも想像くらいできるっしょ。内臓蹴り潰されるようなモンなんだから」    長谷川さんには、同棲相手が男であることは伏せている。俺は知られてもいいのだが、歩が嫌がると思ってのことだ。   「まぁ、准ちゃんの苦労も分かったけどさ、大事にしてたものをゴミ呼ばわりは良くなかったね。准ちゃんがホワイトデーにあげたものなんでしょ? 空き瓶大事に飾ってくれるなんて、可愛いじゃない」 「それは……そーですけど。でも、こっちがいくら謝っても、あっちがそんな態度だから、なんかヒートアップしちゃって」 「売り言葉に買い言葉ってやつかぁ」 「割っちまったモンはもうどうしようもねぇのに、あいつが何にそんなに腹を立ててるのか、全然分からねぇ」 「うんうん」 「俺だって、ホントは分かってるんすよ。俺がくれたモンだからって、空き瓶なんかを大事に飾って、そういうとこが可愛くて好きだったのに、俺が全部台無しにしちまった。……だからって金的はねぇだろって感じだけど」 「でも、仲直りはしたいんでしょ?」 「そりゃあ……」 「できるといいねぇ。おじさんは何のアドバイスもしてあげられないけど」 「あんたにそういうのは求めてないんで、大丈夫っす」 「辛辣ぅ~」    長谷川さんに喋って、少しはすっきりした。しかし、何の解決にもなってはいない。解決へ繋がる糸口さえ見つからない。

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