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scene 15. That's How Strong My Love Is
イェリネク・ドヴールでの合宿を終え、プラハへ戻ってきてから半年後。
ジー・デヴィールにとって六枚めのアルバムは無事にリリースされ、音楽誌やラジオ、TVの音楽番組などで話題を集めていた。売上もまずまずといったところで、バンドはリリース後しばらくは御定まりのプロモーションで、忙しい日々を送っていた。さすがのルカも、この時期は営業スマイルが顔に貼りついたまま、戻らないのではと思うほどだ。
ストリーミングサービスで音楽を聴くことが主流であるこの時代、アルバムがリリースされてすぐにCDを購入するのはほとんどが固定ファンなので、発売直後の売れ行きはある程度、予測することができる。CDの販売数もストリーミングの再生数も、ぐんと数字が伸びるのはタイアップなどによって収録曲のなかからヒットが出たときで、あとは大抵ツアーの最中である。
今回の場合、アルバムのリリースから三週間ほど遅れて発売された、ゾルト・ギャスパーのポートレイトブックが売上に大きく影響した。宣伝のため、作品の一部が店頭用ポスターに使用され、雑誌などの広告としても公開されたのだが、そのなかにライオンと撮ったルカの写真も含まれていたのだ。
芸術としての写真に興味がなくても、ジー・デヴィール目当てに写真集を買い求めるファンは相当数いたようだ。〝Zsolt Gaspar × Zee Deveel 〟というタグをSNSでしょっちゅう見かけるようになり、ファンのあいだでこれはマストだとどんどん評判が広まった。
そして、写真集を購入したファンが――してはいけないことなのだが――広告に使用されておらず、未公開だったあるページを撮影した画像をSNSにアップした。それを見たファンが拡散、そしてまたさらに拡散と繰り返された結果、写真集は店頭、オンラインいずれも売り切れ、一時的に入手困難な状況にまでなった。
入手できなかったファンが嘆き悲しむなか、今度はジー・デヴィールのアルバムジャケットとブックレットもギャスパーの撮影によるものだという情報が拡散された。普段、音楽はサブスクリプションで聴いている層までがCDやデラックス・エディションのヴァイナル盤を購入し始め、アルバムはウィークリーチャートで四週連続一位を獲得。同時にテディがリードヴォーカルを務めたあのバラッドもラジオでパワープレイされ、ストリーミングで再生回数を伸ばし続ける大ヒットとなった。
ところで。破竹の勢いのきっかけになった、SNSで拡散された画像というのは、ゾルトがいつの間にか撮っていた、テディの写真であった。
他のメンバーの写真も、色付きのハートマークを添えてそれぞれのファンが思いの丈を語っていたが、特にテディの写真については、画面越しに黄色い悲鳴が聞こえてきそうなほどの盛りあがりを見せていた。ファンたちは皆、声を揃えるように「これやばくない!?」と大騒ぎで、〝Tedi Leung 〟というワードがトレンド上位にあがったことで、ジー・デヴィールのファンでない者まで巻きこんで拡散されたのだ。
なかには「見てると蕩けそう」「なんだろうこれ、エロいのにエロくない」「前のタトゥーの写真ほどはエロくない。でもなんか見てると赤面する」「俺、ストレートなのに性癖変わりそう」と、なにやら形容し難そうな感想も散見された。
それがいったい、どんな写真かというと――
「……これって……やっぱりあのとき、あいつの部屋で撮ったんだよな……」
事務所に積まれていたゾルト・ギャスパーのポートレイトブックを捲り、ルカはテディのページをまじまじと見つめていた。
テディは暗い背景のなかでブランケットに包まり、自らを抱きしめるように手を胸の前で交差させ、縋るような目をこちらに向けている。ブランケットのなかは裸なのか、露わになった細い肩や鎖骨がそこはかとなく艶めかしい。だが変にセクシーというわけでもなく、むしろ生まれたままの無垢さやイノセントな透明感を感じる、美しい写真だった。
写真は、素晴らしい。それは確かだが――ルカは思った。
これを撮ったのは事前か、それとも事後か、どちらだろう?
「……くそ、やってくれる」
ルカはもやもやした気分で写真集を放り投げようとして――はぁ、と息を吐きながら腕の力を抜いた。十五年間見つめていても飽きることなどない、愛しい恋人。その美しい顔が載っているページをそっと閉じ、段ボール箱の上の元あった場所に置く。投げるなんてできない。聖書や十字架を踏めと云われるほうが、まだできるような気がした。
「――ルカ? どうしたの、みんな車で待ってるよ」
「ああ、いま行く」
自分を呼びに戻ってきたテディに答え、ルカは一緒に事務所を出た。
今日はこれから空港に向かってロンドンへと飛び、TVの音楽番組に出演するのだ。ニューアルバムのなかから二曲を演奏し、トークショウのコーナーでいくつかの質問にも答えると聞いている。
ついこのあいだも行ってきたばかりなのに、またロンドンか。……いや、ロンドンといえば――階段を下りながら、ルカはふとあることを考え、途中で足を止めた。
「……なあ、テディ」
テディが階段を下りきったところで振り返る。ルカは一段一段、ゆっくりと踏みしめながらテディに近づき、云った。
「テディ、おまえさ、前に……なにがあってもこれでずっと一緒だって、慢心したくないから、って云ってたよな」
肝心の言葉を口にできず、ルカは唇を噛んだ。だがテディは僅かに表情を変え、手摺に手をおいたままくるりと躰ごとこちらに向いた。
「結婚の話……だよね」
ずっと保留にされている結婚についての話をするのは、おそらく一年半くらいぶりだった。チェコではまだシビル・ユニオン法があるのみだが、テディはイギリス国籍があるので同性婚が可能なのだ。
ルカは頷き、あらためてテディに尋ねてみた。
「まだ、その気にはなれないか?」
云ってから、なんて消極的なプロポーズだと我ながら呆れた。否、プロポーズの言葉なんて、もうどれがそうだったのかわからない。だからこそ、どこのゴシップ誌にすっぱ抜かれても恥ずかしくない言葉にするべきだったのかもしれないが――ここでテディにまたノーと云われてしまえばそれまでだ。
テディはいつもと変わらず、物静かにじっと自分の顔を見つめている。訊かなきゃよかった、とルカは後悔した。テディは困っているのだろう。どう返事をすれば自分が傷つかないか、考えているのかもしれない。
ルカは自嘲気味な笑みを浮かべ、ゆるゆると首を振った。
「……いや、いいんだ。またロンドンへ行くことだし、どうかなーって思いだしただけで……って云うと、ついでみたいであれだけどさ。別に早く早くってわけじゃないから――」
「いいよ」
「うん、いいんだ。悪かったな。あぁ、早く行かないとみんなが――」
階段を下りかけ、ルカはまた立ち止まった。「なんだって?」
「だから、いいよ、って。別に、これまでとなにも変わらないとは思うけど、結婚してもいいかなって」
テディの答えに、ルカはじっとその完璧な顔を見つめた。
「えっ、ほんとに? ……からかってるんじゃなくて、本気で結婚してもいいって、そう云ってる?」
「そうだって。もう、イエスって云ってるのに、わかんないの?」
イエスというその返事が、まるでレーシングカーのようにものすごいスピードで、ルカの頭から足の先までを駆け巡った。
「――イエス!? 本当に!? お、俺と生涯を共にするパートナーになる契約をするってことだぞ? イエスなんだな!?」
飛びつくようにして両手でテディの肩を掴み、ルカはそう念を押して確認した。
テディが不思議そうに小首を傾げる。
「……そんなの、結婚しなくたって一生一緒にいるつもりだけど」
うおおぉ! と階段の踊り場からホールまで、ルカの雄叫びが響きわたる。飛び跳ねるように階段を下りていったルカはその勢いのまま外へと飛びだし、黒いバンの前で待っていたロニーに駆け寄った。
何事かと驚いているロニーの前で、ルカは息を弾ませて立ち止まった。目を白黒させながら、ロニーが尋ねる。
「ちょ、ちょっとどうしたのルカ――」
「ロニー! 聞いてくれ! 結婚する! やっとテディと結婚するんだ!!」
「結婚――ほんとに!?」
その声が聞こえたのか、バンのウィンドウが開いた。ドリュー、ジェシ、ユーリの三人が、家族同然の仲間たちが満面の笑みを向けてくる。
「今度こそか!」
「おめでとうございます!」
「よーし、いよいよファックバディから愛人に格上げだな!」
そして、やや遅れて建物からでてきたテディが、照れくさそうにルカに並ぶと。
ルカは動揺しすぎたなと恥ずかしくなり、こほんとひとつ咳払いをしてからテディに向いた。
真っ直ぐにその長い睫毛に縁取られた灰色の瞳を見つめ、これが最終テイクだというように永遠の愛を誓う言葉を告げる。
「テディ、愛してる。俺の気持ちはいつまでも変わらないし、この世の誰にもけっして負けない。誓うよ」
「うん、知ってる。……当然」
テディの返しににやりとさせられ、ルカはその魅力的な唇に口吻け、思いきり抱きしめた。
𝖹𝖾𝖾𝖣𝖾𝗏𝖾𝖾𝗅 𝗌𝖾𝗋𝗂𝖾𝗌 #𝟣𝟣 "𝖢𝖱𝖸 𝖡𝖠𝖡𝖸"
© 𝟤𝟢𝟤𝟦 𝖪𝖠𝖱𝖠𝖲𝖴𝖬𝖠 𝖢𝗁𝗂𝗓𝗎𝗋𝗎
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