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9. 消えた約束
街で迷子になったあの日、フレッドに助けられて無事に帰ることができた僕たちは、後日改めてお礼をするために会う約束を取り付けた。
けど、忙しいお父様のスケジュールはなかなか空かずに、やっと時間が取れたのは一ヶ月ほど経ってからだった。
あの日と同じように護衛二人とメイド一人を連れて、街の中を進んでいった。途中までは馬車で乗り入れたけど、その先は道も狭く歩いていくしかなかった。
その場所は相変わらず薄暗い路地で、空気も重く感じた。道行く人々の視線も、突き刺さるようだった。
フレッドと別れたあと、メイドがフレッドに付き添って家まで送ったらしい。なのでフレッドの住んでいる場所もメイドが知っていたし、事前に会う約束も取り付けてくれたらしい。
僕たちはフレッドの連絡先を何も知らないから、メイドがすべて段取りをつけてくれて助かった。
メイドから聞いた話だと、フレッドの本名は『フレドリック』というらしい。でも本人が愛称を好んで使っているため、フレッドと呼んでほしいと言ったみたいだ。
メイドの先導でさらに奥に進むと、それなりに大きなお屋敷にたどり着いた。ここがフレッドの住み込みで働いているお屋敷らしい。
あの日のフレッドの身なりを思い出すと、どうしても腑に落ちなかった。このくらいのお屋敷ならば、いくら使用人とはいえもう少し整った身なりをしそうなものだ。
門番に約束をしていることを伝えると、どうぞお通りくださいと門が開けられた。門番に軽く会釈をして庭を通り、玄関へ到着すると、ドアノッカーで訪問の合図をした。
すると中から使用人が出てきて、その場で待つように言われた。拭いきれない不信感を胸に残しながら、僕は両親の後ろでフィルと一緒に待機していた。
程なくして、五十代くらいだろうか。深いブラウンの髪の毛に少し白髪が混ざり始めた、野暮ったい格好をした一人の男性が出てきた。その表情からは、どう見ても歓迎している様子は読み取れなかった。
「お忙しいところ失礼いたします。私はハイネル伯爵家当主、エドワード・ハイネルと申します。先日、私の息子たちが迷子になった際に、こちらで働いている、フレドリックに助けてもらいました。お礼をしたいと訪ねてきたのですが、フレドリックはいますか?」
お父様は優しく微笑みながら丁寧に尋ねているのに、この家の当主と思われる男性は、僕たちをジロジロとひと通り見たあと、ふぅと小さくため息をついた。
「エドワード・ハイネル伯爵、わざわざお越しいただきありがとうございます。しかし、あいにくフレドリックは今ここにはおりません。お手数ですが、また別の機会にお越しください」
「お待ちください。うちのメイドが本日、約束を取り付けているはずです」
メイドを通して約束したのは間違いないはずだ。お父様は忙しくてなかなか時間の取れない中で、息子たちのためだからとやっと時間を作り出して訪ねてきた。それが不在な上に説明もしないで追い返そうとするなんて、不自然でしか無い。
けれど当主と思われる男性は、お父様の言葉が聞こえていないかのように「それでは失礼します」と会釈をすると、そのまま屋敷の中へ戻っていってしまった。
「申し訳ありませんが、フレドリックとの約束は確認されておりません。何かの間違いではないでしょうか」
屋敷内に戻る主人を見送ったあと、使用人は顔だけこちらに向けてそう言った。
表情こそ変えなかったものの、迷惑だから、これ以上かかわらないでくれと言われているようだった。
確実に約束を取り付けたのに、なかったことにされている……?
主人の態度も、使用人の言葉も、不信感を抱く には十分だった。
「なにあれ!」
フィルがプンプンと怒り出した。
久しぶりにフレッドと会えると、ワクワクした気持ちでこの屋敷に来たのに、不在だと言われた挙げ句、約束自体がなかったことにされているようだった。
フィルじゃなくても怒りたくなる気持ちはわかる。
「あれっ!? あそこに、こやがあるよ。なんだろう!」
さっきまでプンプン怒っていたフィルが、もう気持ちを切り替えたのか、興味は別のところに移っていた。
広い庭の片隅の方を指さして、何やら見つけた様子で言うと、突然走り出した。
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