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31. 塔の中の光

 返事のないフレッドのそばを離れたくなくて、すがるようにしがみついていたけど、無理やり引き剥がされ、再び塔の部屋へ押し戻された。  『疫病神が……』そう吐き捨てて部屋に鍵をかけたお父様の冷たい視線が、何度も脳裏を横切る。  愛息子に対する視線ではなく、『最悪なオメガ』に対する軽蔑した視線だった。  再び塔の部屋に閉じ込められたけれど、今まで感じていた、『ここから出られないかもしれない』という絶望感などは、もうどうでもよかった。  僕がただ願うのは、フレッドの無事だけ。フレッドが無事ならば、僕はもうどうなってもよい。 「フレッド……無事でいて……」  食事を届けに来る使用人に、何度もフレッドのことを尋ねたのに、返ってくるのは無言のままの冷たい視線だけだった。  彼らもこの屋敷に仕える身だから、お父様の命令には逆らえないのだろう。  僕は唯一の光が差し込む窓の下へ移動し、壁へ背を預け膝を抱えて座り込んだ。そっと目を閉じると前世の記憶が頭をよぎる。  リクが僕を庇って倒れた時のこと、そして今、フレッドが同じように僕を守ってくれたこと。 「どうして……どうして僕は、みんなを不幸にしてしまうんだろう……」  涙が頬を伝い、冷たい床に落ちる。 「やっぱり、僕がオメガだから……」  何度も心の中に問いかけるけれど、たどり着く答えは、いつも同じだった。 ◇  フィルが僕を連れ出すことに失敗して、また塔の部屋に戻されてからどのくらいたったのだろうか。相変わらず、フレッドの容態はわからない。  変わったことといえば、扉の前に監視役をつけられたこと。常に使用人がひとり立っている。  ずっと立ち続けているのが気になって、部屋にある椅子を扉の前に持っていき、『ここに座って』と言うけれど、反応はなく、ただ無言でその場に立っていた。それが彼の仕事なのだから当然なのだけど。  窓から見える空がオレンジ色に染まる頃、食事が運ばれてきた。扉の前で軽くやり取りする声が微かに聞こえる。  食事を運んでくる者と、部屋の中まで配膳する者は違うらしい。配膳は、いつも監視役をしている使用人だった。 「お食事です」 「ありがとう。……何度もごめんね。せめて、フレッドの無事だけでも知りたいんだ」 「……」 「君の立場が悪くなるようなことはしないよ。誰に聞いたとは言わずに黙ってる。ただ、フレッドが心配なだけなんだ」  この部屋に人が入ってくるのは、一日に一度の食事の時だけだ。直接話しかけるチャンスもたった一度しかないということになる。  使用人の彼には申し訳ないけど、しつこいくらいにフレッドの具合を尋ねている。もう何日目になるだろうか。  「…………彼は……」  今まで頑なに業務上必要のある言葉しか口にしなかった使用人が、ボソリと口を開いた。 「えっ?!」  驚いて目を見開き彼を見ると、僕と視線を合わせないまま、続きの言葉を僕に伝えてくれた。 「……無事です」 「…………っ!」  彼の言葉に、一瞬息が止まったかのようだった。  もちろんフレッドの無事を信じていた。でも何の情報もない中、今日が何日で、あの事故からどのくらいの時間が過ぎたのかもわからず、不安だけが募っていた。  今日もだめだろうなと思いながらも、藁をも掴む思いで話しかけたら、フレッドの無事を聞くことができた。 「無事……なんだね。……教えてくれてありがとう……」  僕の瞳からは、静かに涙が伝い落ちる。  良かった。本当に良かった。  また、大切な人を失うところだった。  胸に手を当てて、自分の心の声に、改めて思いを重ねる。  失うかもしれないと思った時、初めて自分の気持ちをハッキリと自覚した。 「僕は、フレッドのことが好きなんだ……」  言葉に出し、ゆっくりと思いを吐き出す。それと同時に、心の真ん中に、ぽっと暖かい光が灯るのを感じた。

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