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33. お母様の温もり

「お母様……会いたかったです。今だけ、甘えても良いですか?」  散々腕の中で泣き続けた後に言うのも変かもしれないけど、僕はお母様に抱きしめられたまま、思いを伝えた。  お母様の温かい手が僕の背中を優しく撫でるたびに、心の中の緊張が少しずつ解けていくのを感じた。 「もちろんよ。……ミッチェル、お母様にたくさん甘えて」  転生してきた僕の中身は十八歳なんだから、フィルを守らなきゃってずっと思ってた。お兄ちゃんなんだから、甘えちゃだめだってずっと我慢してた。でもやっぱり、僕はこうやって甘えたかったんだと、自分の本当の気持ちを知った。  お母様の優しい声と温かい抱擁に包まれて、僕はようやく自分の弱さを認めることができた。  僕はお母様から離れると、壁沿いに立てかけておいた折りたたみの椅子を持ってきて、お母様に座るように促した。  お母様は軽くうなずき、そっと椅子に腰掛けた。座ったのを確認してから、僕はギシギシと今にも壊れそうな音を立てるベッドの上に腰掛けた。 「フィルの頑張りを聞きました。僕はお兄ちゃんなのに、何もしてやれないもどかしさに、苛まれていました。ここから出ることができたら、何か手伝えることもあるのかもしれないのにって……」  悔しさをにじませながら言うと、お母様は僕の顔をしっかりと見つめ、大きくうなずいた。 「フィラットの事なんだけど……。もうすぐ婚約が成立するわ」 「えっ……! 婚約?!」  お母様の言葉にびっくりして、勢い良く問い返した。  先日、僕の政略結婚の話を聞いたから、逃げようとフィルに言われたばかりだ。  その後に、あんな事故が起きてしまったから、その話がどうなったのかわからないままだったけど……。  でも、それがなんでフィルの婚約話に飛躍するんだ?  僕の困惑する瞳に、お母様は問いたいことを察して、話を続けてくれた。 「フィルを、ハイネル家の跡取りとすると正式に決定したわ。お父様は益々の繁栄のために、公爵家のアルファを我が家に迎え入れることにしたの」 「公爵家のアルファって……」  僕は言葉を失った。  公爵家は、伯爵家であるハイネル家より格上だ。そのアルファを嫁として迎え入れるなんて、無理に決まっている。  アルファなら先方の世継ぎ問題だってあるだろうし、そもそもプライドの高いアルファが、格下の家に行くなんて素直に受け入れるのだろうか。 「公爵家の三男よ。お互いに条件が合ったらしいの。……お父様が一人で決めてしまったから、わたくしには詳しいことはわからないのだけど……」  お父様の家もお母様の家もアルファ至上主義で、オメガへの偏見が強いことは知っていた。  代々当主はアルファで、当主夫人や当主夫もアルファだった。生まれる子供も皆アルファで、アルファしか生まれない家系だと言い伝えられてきた。  だけど、オメガとわかった時点で隠されたり、遠くへ働き手として出されたり、オメガを欲しがる悪い輩に売り飛ばされたりする者もいると聞いたことがある。  ……それもあくまで噂なので実際のところは分からないけれど、僕のように隠される者がいるのは事実だった。  お母様のように、本当に知らなくて、アルファしか生まれないと信じている人もいるのだと思う。  そんな考えが未だ根強く残る中、アルファの伴侶にこだわるのはわからなくもないけれど、特にお父様の考えは少し異常な気もする。  しかもお母様も知らないうちに、結婚の話が進められているらしいと聞き、僕の中には大きな不安が湧き上がっていた。

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