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73. はじめまして
誕生日の宴で宣言した通り、僕はハイネル伯爵家を出て、アーホルン公爵家に移住することになった。
本当ならば、婚約してから一年ほどで正式に結婚したかったのだけど、ハイネル家の問題もあったし、落ち着くまではと、先延ばしにしていた。
結婚と移住は先延ばしにしていたけれど、その間に何度もアーホルン公爵家へ足を運び、アーホルン領も見て回った。
アーホルン公爵家の人々が、第二の性に優越をつけない考えを持っていることは話に聞いていたけど、オメガへの偏見がないどころの話ではなかった。それは、アーホルン領の領民も皆同じだった。
僕は、初めてアーホルン領に足を踏み入れ、領民の皆さんの前で挨拶をしたときのことを思い出していた。
アーホルン公爵家には何度か足を運び、ご家族の皆さまとは少しずつ交流を深めていた。けれど、街を通過することはあっても、ゆっくりと散策したことはなく、街の人達にご挨拶する機会もまだなかった。
その事をフレッドに言うと、直接僕をお披露目したいと言うから、二人で一緒に街の広場まで行き、そこで挨拶することにした。
ステージのように少し高くなっている場所へ上がり、緊張して体がカチコチになっている僕が、ぎこちなくペコリとお辞儀をすると、大きな歓声が上がった。
事前に、『フレドリック様が、婚約者様と一緒においでになります』と通達されていた領民は、まだかまだかと待ちわびていたらしい。
「皆さんこんにちは。お集まりいただき、ありがとうございます。私は、アーホルン公爵家次期当主のフレドリック・アーホルンです。本日みなさまにお集まりいただきましたのは、私の婚約者であるミッチェル・ハイネルをご紹介させていただくためです。ミッチェルはハイネル伯爵家のご子息であり、私たちと未来を共に築く大切な存在です。どうぞよろしくお願いいたします」
フレッドが挨拶を終えると、そこで一度大歓声が上がった。
みんなフレッドに拍手を送りながら、フレッドの後ろに隠れるようにして待機している僕を、チラチラと見ている。ざわざわソワソワという効果音が似合うその場の雰囲気に、僕もソワソワと落ち着かない。
そんな僕に、フレッドが「そんなに緊張しなくていい。いつものミッチで大丈夫だ」と耳打ちした。
魔法の言葉『大丈夫』で、フレッドは僕に勇気を与えてくれる。うん、大丈夫。いつもの僕らしく!
ふーと深呼吸をして、口角をキュッと上げた。
「皆さま、はじめまして。ただいまご紹介いただきました、ミッチェル・ハイネルと申します。フレドリック様と結婚の約束をし、いずれはここアーホルン領で、皆さまと共に過ごすことになると思います。今すぐに結婚してこちらへ移住したいのですが、次期当主となる弟を、もうしばらくそばで見守りたいと考えています。それまでは、頻繁に訪れるつもりでいます。皆さんとお会いできることを心から楽しみにしていますので、その際はどうぞよろしくお願いいたします」
緊張しながらも言葉を言い終わった僕は、ペコリと頭を下げた。深くお辞儀をするとかそんなかっこいいものではない。緊張のあまり本当にペコリという感じになってしまった。
ああ、これでもハイネル伯爵家長男なのに、こういう場に慣れていないなんて恥ずかしい。……そう思っていたのに、領民からは割れんばかりの拍手と大歓声、そしてなぜか「かわいらしい」とか「キュンっとしたわ」とか、格式張った挨拶をしたはずの僕に似つかわしくない言葉が聞こえてきた。
え……? と思って顔を上げたら、再び大歓声と拍手。どういうこと? そう思って隣に並ぶフレッドを見上げたら、また「かわいい」という声。
戸惑う僕に、フレッドはくすくす笑った。
「みなさん、緊張で固まっている私の婚約者を、からかわないでもらえますか?」
「からかってませんよー。本当に噂通り可愛らしい人だなって思ったんですよ」
「そうですそうです。とても愛らしいです」
さっきまで真面目に挨拶をしていたフレッドが、急に領民たちと砕けた話し方になっている。
え? どういうこと?
僕は、目をまん丸にしたまま、フレッドと領民たちを交互に見た。
どうやらその姿さえ、領民たちにとっては微笑ましいらしく、皆嬉しそうに僕の方を見ていた。
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