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76. アーホルンの歴史
美味しいハニーベリーフィズと、チーズやクラッカーをつまんでいると、お腹も心も満たされた。
満足した僕は、そう言えばなんでフレッドは僕を呼び出したんだろう? ふと疑問に思って聞いてみた。
「ねぇ、僕をここに呼んだのは、ハニーベリーフィズを僕に飲ませてくれるためだったの?」
「それもあるけど、ミッチに話があったから」
「話?」
うんとうなずきながら、フレッドはテーブル越しの僕に向かって安堵の表情を見せながら話し出した。
「今日は、領民にミッチを紹介できてよかったよ。みんなの反応はわかっていたけど、実はちょっと心配してたんだ」
「うん。僕も会えて嬉しかったよ。……心配って?」
「みんな、喜んでいただろう? だから安心したよ。俺はみんなを信じていたけど、中にはオメガを迎え入れることに、難色を示してしまう者もいるかもしれないと思ったんだ」
たしかに、アーホルン領の考えが皆平等だと言っても、個人の意見としてそう思わない人だっていると思う。この地に住んでいる限り、表立って難色を示さないだけで、本音はオメガが公爵夫人なんてありえないと思っているかもしれない。
けれど、今まで僕が当たり前のように感じてきた、オメガへの露骨な態度や痛い視線は、全く感じ取ることはなかった。
それどころか、溢れ出る好意や好奇心の塊のような視線。この違いは一体どこからくるのかと不思議でならなかった。
「僕、あんなに歓迎してもらえるとは思わなくて、びっくりしちゃったよ。オメガへの痛い視線が当たり前だったから、今もなにかの間違いじゃないかと思ってしまうよ」
もちろん、領民たちと過ごしたあの時間が嘘だとは思わない。みんな心底僕を歓迎してくれたのは十分伝わった。
「ミッチの気持ちはわかる。俺も今までの生活との違い……そして前世での記憶をたどる限り、こんなことは初めてだったから。……でも、それにはちゃんと理由があったんだ」
「理由……?」
「ああ。俺もここへ来たばかりの頃、不思議に思って尋ねたんだ」
フレッドは、ここへ来たばかりの頃に、領民たちから聞いた話をしてくれた。
アーホルン公爵家は、オメガに偏見を持たず、皆平等という考えを持つ。その背景には、アーホルン領の歴史が関係しているという。
昔アーホルン領は天災により土地は荒れ果て、食糧難に陥ってしまった。さらにタイミングが悪いことに、十分な栄養も取れない状態で、謎の病が蔓延してしまった。
天災により食べるものはなくなり、病により働き手は減り、病人を治すすべもなく、どんどん領民が減っていった。
そんなある日、他の領土から逃げてきたオメガたちが街に迷い込んできた。
まだ第二の性は謎に包まれていて、その中でも特にオメガについては解明されていないことばかりだった。なので、治療法のない奇病と同じような扱いをされていた。
そんな得体のしれないオメガが、領民が減り貧困に苦しむ街にやってきても、迷惑なだけだろう。
だけど、アーホルン領のご先祖様は、そのオメガたちを街に招き入れ、保護したらしい。オメガはどこでも蔑まれる底辺な存在なのに。
「どうして、ご先祖様はそのオメガたちを助けたんだろう? だって、自分たちだって大変だったんでしょ?」
「そうだな。普通なら助ける余裕なんてなかっただろう。……これは憶測なんだが、もしかしたら、その時街にはオメガがいたのかもしれないし、過去にいたのかもしれない」
「そっか……」
「だから、無理をしてでも助けたのかもしれないな。そこでそのオメガたちを見放したら、その後どうなってしまうかなんて容易に想像できただろうし」
行く宛もなく彷徨い続け、他の街で助けを求めても、手を貸す人なんていなかっただろう。
そうなれば、オメガたちの行く末は……。
自分のことではないし、過去の言い伝えなのに、そのオメガと自分を重ね合わせてしまい、ブルッと身震いをした。
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