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80. 明るい未来

 僕がハイネル家の家族に妊娠の報告をしてから、なぜかフィルがアーホルン公爵家に顔を出す機会が増えた。  フィルは僕のことが心配で……というけれど、どうも何やら違う気がしてきた。  真っ先に僕のところへ来るものの、いつも同じように体調の心配や、お腹を触って話しかけると、ソワソワしながら姿を消してしまう。 「ねぇ、ペーター。なんか、フィルの様子がおかしくない?」  僕は、中庭でペーターに出されたハーブティーをひとくち含んでから、そばで待機していたペーターに話しかけた。  元はハイネル家で働いていた使用人のペーターは、後にフレッドの従者となり、今は妊娠中の僕の専属世話係になっている。普通の使用人としての業務をこなしてもらえばよいと言うのに、心配性のフレッドが僕の専属にしたんだ。 「さぁ? 当主になられましても、元々の性格はそう変わるものではないですしね」  ペーターはしれっとそんな事を言うけれど、違うとは言い切れないのが辛いところ。当主として頑張ってるしうまく取りまとめているのも事実だけど、落ち着きがない本来の性格もまだ見え隠れすることもある。  それにしても、ペーターはやけにフィルに対して、物言いがはっきりしているな……。  僕が不思議そうにペーターを見たら、意味深にニヤリと笑った。 ◇  そんなある日のこと。相変わらず頻繁にアーホルン家にやってくるフィルから、驚きの言葉を聞かされた。 「僕、ペーターと結婚するから」 「はぁ?」  僕は思い切り間の抜けたような声を上げてしまった。 「ちょっと待って? 色々とよくわからないことばかりなんだけど……」 「ああ、ベータなのによいのかって心配?? うん、大丈夫。ペーターはオメガだから」 「へ?」  再び間抜けな声を出した僕に、フィルはどんどん話を続けた。いちいち質問していては話が進まないと気付いた僕は、ぽかんと口を半開きにしたまま、フィルの話を聞いていた。  フィルの話を要約すると、ペーターがハイネル家に派遣されていた頃から、お互いに気になる存在だった。でも身分の違いから、ペーターは主従関係以上の態度をとることはなかった。  ところがある日、出かけた先で、ベータであるはずのペーターが発情してしまった。フィルは、知らない奴らに襲われそうになったペーターを必死に守り抜き、安全を確認すると、アルファである自身からも遠ざけた。  その事件をきっかけに、お互い急速に意識をするようになり、やっと思いを確認しあった。そして婚約に至った。  ……ん? 最後の方は説明が雑すぎないか? そう思ったけど、フィルがいちいち説明するのが面倒になり、さっさと話を切り上げてしまったのだから仕方がない。  検査の精度が十分でなかっただけなのか、後天性で変化することもあるのかわからないけど、ヒートが起こったということはオメガで間違いないらしい。 「あの事件がきっかけだったのは確かだけど、僕はいずれ気持ちを打ち明けるつもりでいたんだ。アルファじゃなきゃとか、ベータやオメガじゃダメとか、そんなことは関係ない。僕が愛した人はペーターで、たまたまオメガだったということだけ。主従関係も僕は気にしない。このハイネル家は、僕がこれからどんどん変えていくんだ」  フィルの視線の先は、皆平等で平和な未来を見据えていた。  僕がフレッドとともに、この世界に転生してきたことは、意味のあることだったのかもしれない。  僕が前世でも転生先でもオメガで、悩み苦しんだことも無駄ではなかったのかもしれない。   まだまだ第二の性に翻弄され生きている人はたくさんいると思う。それでも、フィルのような考えの人がいる限り、未来は明るいのだと思う。 「フィル様、またそんなこと言ってるんですか。私は承諾したつもりはないですよ。……ほら、いつまでも油を売ってないで、早くハイネル家にお戻りになってください」  いつから聞いていたのかわからないけど、すっと現れたペーターはそう言うと、フィルの分のカップを片付け始めた。  フィルはペーターと婚約したと言っているけど、ペーターは承諾はしていない? またフィルがひとり先走っているということ?  僕がんー? と首をひねっていると、 「ペーターが首を縦に振るまで、僕は諦めないからね!」  フィルはそう言いながら、カップを持ちさっさと部屋を退室するペーターを追いかけて部屋を出ていった。  その様子を見ていた僕はしばらく呆気にとられていたけど、急におかしくなってぷっと吹き出した。  僕の後ろをずっとくっついて歩いていた弟は、今度はペーターを追いかけ、隣に並んで歩くのだろうか。  フィルの言葉に、「はいはい」と言いながら軽くあしらうペーターを想像し、再び僕はぷっと吹き出した。  誰もが平等に幸せになる権利がある……そんな明るい未来を想像する。こんなに平和な世の中なら、安心して我が子を迎え入れることが出来るんだ。 「楽しい明日が待っているよ、安心して出ておいで」  僕が愛おしいお腹を優しく撫でながら声をかけると、その声に返事をするように、お腹がピクリと動いた。 (終) ✤✤ これで完結です。お読みくださりありがとうございました。 このお話はもともと、花吐き、オメガバ、双子、主従関係、記憶喪失、攻め視点。……という、要素詰め込み過ぎの設定でした(笑) でも色々な方に相談をし、アドバイスをいただきながら、たくさん考え今の形になりました。 特に、ことあるごとに相談しまくったYたんPPさんのおかげで、この物語が出来上がったと言っても過言ではありません。ありがとうございました。 初めてのファンタジー、貴族社会の世界観を取り入れた作品でしたが、いかがでしたか? ヒーヒー言いながら書いたけど、少しは私自身も成長したかな?と思っています。 今度は、魔法系のファンタジー書いてみたいなーとか思ったり思わなかったり?(笑) その時はまたお読みいただけると嬉しいです。 一ノ瀬麻紀🐈🐈‍⬛

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