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第1話

 この一ヶ月間、勉強と研鑽以外の時間を全て当てて悩みに悩み続けていた。  もしかしたら呆れられるかもしれないし、喜んで貰えなかったりしたら尚更。  しないほうが良いのかもしれないとも考えたけれど、何もしないという選択肢が自分の中には存在しなかった。  アベル様やアビスには様子がおかしいと早くから気付かれていたし、何かを察したラブにはうぜェ位付き纏われはしたが、それら全てを何とか交わして今日という日を何とか迎えることが出来た。  朝イチで花屋へ向かい、予約していたモノを受け取る。  年の数だけ送る花なんて喜びやしないかもしれないが、何が好きかも分からない相手に対してはこの程度のことしか思い浮かばない。  本数もしっかり指定したはずなのに、おまけだと言って店主が同じ花を一本特別に付け加えてくれた。ここで本数に拘っていることを言及すれば痛くもねぇ腹を探られそうで、有り難くおまけの一本はローブのポケットにしまい込む。そしてそのままホウキで魔法局へ。  もしかしたら少しは驚くかもしれない。お礼の言葉なんか初めから期待しちゃいないが、少しでもその鉄面皮みたいな表情が変わるところを見られたなら、それだけでも満足だった。  ――その、はずだったのに。 「なんっっでテメェらがいるんだよっ!!」  よりにもよってこんな大切な日に、我が物顔で兄の執務室を占有していたのは生意気な後輩のランス・クラウンとドット・バレット。  俺は咄嗟に持ってきたものをローブの後ろに隠していた。あまりの衝撃にサングラスがずり落ちて、片手でその角度を僅かに整える。 「よお先輩、アンタも師匠に用事か?」  豪奢な椅子に足を放り投げながら座るドットは俺の姿を見るなり軽く手を上げる。  オイオイオイオイどういうことだよこれは。確か前に師事を受けたなんてことは聞いたけれども、それはあの時限りのことだろ。何でこうやって可愛がられてる弟子みたいな顔してここにいるんだよ。  ゆっくりと振り返るランスはやっぱり生意気で、先輩に対する敬意すら無ェ。 「今日は師匠の誕生日だからな。世話になった礼も兼ねてプレゼントをと」 「ちなみに俺はちょっといいとこの紅茶~」  ドット、テメェには聞いてねぇんだよ黙ってろ。  ランスが振り返ればその先の机に座る兄の姿がようやく見える。 「――何か用か?」  眼鏡のレンズが反射して機嫌が悪ぃのかも分かんねぇ。いやどっちかっていうと機嫌は悪ぃ方だろうなコレ。朝からドットみたいなうぜぇ奴に付き纏われるのとかめちゃくちゃ嫌いな人だからな。 「いや、あの、ま……用があるから来たんだけどよ」  どうする。ここで、こいつらの目の前でプレゼントなんて渡せる訳がねぇ。  つうか何でこいつら俺より先に来てちゃっかりプレゼントとか渡してやがんだよ。普通身内が一番先に渡すモンだろ!?  そうだ、俺は身内なんだから誕生日プレゼントと渡そうが何も不思議じゃねぇ。 「えっと……」  おかしい。ただコレを渡す為だけにこの場に来たのに。今背後に隠したコレをこいつらの前で出したくねぇ。 「俺、俺さっ、その、わ、渡したくてっ……その、お、おめっ……」  おかしい。マズイマズイマズイ。何か上手く言葉が出てこねぇ。  つうかこのふたりはいつまでここに居るんだよ。そんで憐れみの目で俺を見てんじゃねぇよ。  空気読んでさっさと出てけよ。俺が来たんだからこれはもう兄弟水入らずの時間だろうが。 「――ふたりとも」  兄の声が静かに響く。 「誕生日プレゼント、確かに受け取った。私もまだ仕事が残っていてな、余暇時間はこの程度にさせて貰いたいのだが」  つまりは〝用がないなら帰れ〟という意味で。兄がそう告げればふたりはあっさりと踵を返して部屋から出ていこうとする。俺が背後に隠しているものをじろじろ見ようとするから(特にドット)、絶対見せないように常に身体の正面だけを見せながら、ふたりが部屋を出ていくのを待った。  油断も隙もあったもんじゃねぇ。ニヤニヤしながらこっち見てんのバレバレなんだよ。  ドットはまだ何かぶつぶつ言ってたみてぇだが、最終的にはランスに引きずられるようにして去っていった。 「ワース」  名前を呼ばれて心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。  そして俺はその瞬間気付いた。ランスとドットに見せないように常に身体の正面だけ見せていたということは、背後に隠したソレを兄にばっちり見られてしまったことに。  扉がゆっくりと閉まれば俺はその扉にこつんと額を当てる。全然カッコつかねーな。そもそも出だしからアイツらがいるとか想定外なんだよ。 「用があって来たのなら早くしろ」  全然カッコ良くなんて決められなくて、自分が情けなくて悔しさから涙が湧き上がってきそうだった。 「……あ、のさ」  もうこうなったらヤケクソで、勢いに任せて「誕生日おめでとう」っつってコレを押し付けちまえばいいんだ。そんで逃げる。来年また頑張ればいいんだ。来年こそはきっと、カッコ良く渡せるように――また来年、頑張ればいいんだ。 「あのさこれっ、誕生日おめでとうっ!!」  両手に強く握った花を、振り返るのと同時に兄の方へと差し出す。  ――うん、両手に?  固く閉じていた目をおそるおそる開けてみれば、勢い余って花束を半分ずつ引き裂いてそれぞれ茎を握り込んでいた。って、折角年齢の数だけ用意して貰った花束引き裂いてちゃ意味ねぇだろうが!!  右手に十一本、左手はそれより一本多い。  この為に一ヶ月前から準備に準備を重ねてきたのに、それが全て無に帰してしまった絶望からその場に力なくへたり込んでしまっていた。 「――全然、上手くいかねーな」  情けなくて笑いすら込み上げてくる。  悩みに悩んで年齢の数だけ取り寄せて貰った最高級の白い薔薇。その花言葉は〝尊敬〟。  ずっと尊敬している、手の届かない存在としても。せめて花言葉に意味を込めて気持ちを伝えられればそれで良かった。 「お前にしては、頑張った方じゃないか」  コートが衣擦れを落とす音と同時に、顔を上げれば目の前に屈み込む兄の姿があった。  その表情がどこか普段の鉄面皮よりは優しく見えて、それが何でか嬉しくて、だけど悲しくて、言葉が震えた。 「全然駄目だぁ俺、花束……折角年齢の数だけ用意したのに」  向かい合う兄は右手を伸ばし、俺が左手に持つ花束を俺の手の上から握り込む。あんなに大きく思えた兄の手が今はもう俺と同じくらいの大きさで、だけどとても温かかった。 「――贈る、白い薔薇の本数にも意味があるのを知っているか?」 「はへ?」  花言葉っていうのは有名だから俺でも少し調べれば分かることだったけれど、本数にも意味があるというのは初耳だった。そもそも誰かに花を贈るのもこれが初めてで、贈るならばやっぱり年齢の数だけ贈るのがセオリーだと思っていた。  兄は俺の左手ごと花束を握ったまま、そのまま右耳にそっと顔を近付ける。 「白薔薇十二本の花言葉は――」  その言葉を直接耳元で、兄の声で囁かれた瞬間、顔から火が出るかと思うほど熱くなるのを感じた。  花束が真っ二つになったのも偶然だったし、意図してそんな風に分けた訳では無かったけれど、言葉少ない兄の言葉が、その答えが俺にとっては許容量のオーバーで、慌てて視線を向けようとした俺の唇とそこに居た兄の唇が――掠めるように一瞬だけ、触れた。 「――――」  それは本当に一瞬だけのことだったけれど、俺にとってはそれがファーストキスだった。兄にとっては初めてではないかもしれないけれど。  頭が真っ白になって、へたり込んだ状態のままぽかんと口を開けていると、兄はその場から颯爽と立ち上がり普段通りの威圧感で俺を見下ろす。 「帰ったら、贈る本数も調べてみることだな」  眼鏡を押し上げながら兄はそう言う。ふわりと白薔薇の一本一本が舞い上がって、その全てが兄の手元へと飛んでいく。もぞもぞとローブの中が蠢いて、おまけだと言って渡された一本の白薔薇がまるで生き物みたいに兄の腕の中で吸い込まれていく。 「――受け取っておこう」  兄はそう言って、目も合わせないまま俺を執務室から追い出した。扉が閉まる無情な音が響く。    その僅か数時間後、寮に戻って白薔薇の本数を調べた俺は――絶叫した。  白い薔薇の花言葉――〝尊敬〟。    白い薔薇十一本の花言葉――〝最愛〟。  白い薔薇十二本の花言葉――〝付き合ってください〟。  白い薔薇二十四本の花言葉――〝いつも貴方を想っています〟。

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