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第1章 ガラスの指

     0  凪いだ水面が窓から見える。  凛とした空間。  自分の靴音だけが聞こえる。  通路を進んで奥の奥へ。  特別展示室。  照明は最小限。  薄いオレンジの色。  中央に、  人間の大きさの人形。  波打った長く茶色の髪。  服の一切を身にまとっていない。  乳房も性器もない。  中庸の身体。  ここまで集めたキーワードを重ねて。  白い腕のその先。  左手の中指。  引っ張ると取れた。  外が騒がしい。  急いで建物の外に出る。  道を挟んで真正面が湖。  そこに。  なにか。  ああ、また。  俺が動くと遺体に遭遇する。  見る座る観るブラン湖 第1章 ガラスの指      1  警察署で事情聴取を受けた。  見たことをありのまま答えたが、やはり第一発見者(厳密には俺じゃないが)なので解放に時間がかかりそうだった。こんなことなら通報を誰かに任せればよかった。  警察署は美術館の眼と鼻の先にあった。  眼の前に座っている警察官は、俺の名字に反応しなかった。  さすがに長野県にまでは知られていないらしい。 「そんな都合よくご遺体に出くわすかな」取り調べの中年刑事が言う。 「残念ながらそうなってるんだよな」  面倒だから身元照会を急がせようとしたとき。 「そいつは解放してくれていい」銀縁眼鏡の若い男が部屋に入ってきた。  年齢20代後半。身長170センチ半ば。上等そうなスーツの上下。髪を撫でで整えた。いかにも警察官といった出で立ちだった。  何か言いたげにしていた中年刑事だったが、彼の後ろに立っていた上司の顔を見て状況を察したようで。  めでたく解放と相成った。  銀縁眼鏡の男と一緒に警察署の外に出る。  夏。  避暑地。  確かに涼しい。湿気も少ないし。 「自己紹介?」 「ああ、申し遅れた。私は鬼立(キリュウ)という」男――鬼立が警察手帳を見せる。「警察庁から来た」  なんだその。  警察署のほうから来ました詐欺的なそれは。 「部署は?」 「まだ決まっていない」  それこそ本当に。  なんだそれ。  一応警察手帳はホンモノのようだが。  湖の周りを走っているランナーをやり過ごす。  晴れ。 「俺のことはいいな?」 「陣内千色(ジンナイちーろ)。伝説の探偵、と言われているようだが」 「周りが勝手に囃し立ててるだけだ」 「だろうな」  本気にしていない。  こっちのほうがありがたい。  生ぬるい風が吹かないだけとてもありがたい。  外に立っていても全然不快感がない。 「陣内から派遣されて来たのか」 「陣内?」鬼立が言う。 「俺の印籠の所有者」 「ああ、そうだな」鬼立は知らないようだった。誤魔化した口調だ。  12時。 「腹減らないか」気を遣って声をかける。 「食べてきた」 「じゃあここでお別れだな」 「待て」鬼立が眼鏡のブリッジを触る。「俺の車がある」 「送ってくれるのか」 「眼を離すわけにいかない」 「なんだそりゃ」  事件解決までつきまとわれるのか。  湖畔の蕎麦屋に入った。時間が時間だけに混んでいたが、他に探すのも面倒なので待つことにした。  30分ほど待って中に通される。席は椅子と座敷の半々。湖が見える椅子席が埋まっていたので、反対側の座敷に座った。  天ザルを頼んだ。  鬼立は馬刺しを頼んだ。食べてみたかったらしい。 「で、なんでお前が派遣されたんだって?」 「上からの命令だ」鬼立が言う。 「だからその上が誰かって聞いてんだけど」 「知らない」 「知らないくらい上の奴ってことか」  確かに若すぎる。警察庁に入ったばかりの若造に現場を見せようという配慮なのだろうか。  陣内千尋(ジンナイちひろ)の考えることはよくわからない。  わかりたくもない、てのが本音。  蕎麦も天ぷらも美味しかった。馬刺しは結局鬼立が一切れだけつまんで、あとは俺の胃に入った。 「自分の食べた分は自分で払えよ」鬼立が言う。 「俺が奢ったら賄賂になるからな」  夏なんだから上着くらい脱げばいいのに。首に薄っすら汗をかいているのが見える。  痩せ我慢の好きな男だ。  遺体発見現場が駐車場から見えた。ブルーシートで覆われて、湖の中まで捜査をしている。  物々しい雰囲気にあてられた野次馬がわらわらと。立ち入り禁止のテープも貼られているし、近づくのは躊躇われた。 「被害者は20代女性。死因は溺死じゃない。ここでない場所で殺されて、遺棄された」鬼立が手帳を広げながら言う。「一つ特筆すべき点があった。ご遺体は全裸で、しかも左手の中指が切断されていた」  ああ、なるほど。  それで俺がここに来た。 「なんだ、その顔は」 「いや、この分だと遺体の数が増えそうだなって」 「不謹慎なことを言うな」  このあと行く場所は。  ケータイで地図を見せる。 「さっき俺がいたのがこの美術館。K美術館。ここに特別に展示されてる人形がある。そいつを見に行ったほうがいい」 「どういうことだ」鬼立が言う。「知っていることがあるなら」 「まずは自分の眼で見たほうがいい。聞くより早い」  14時。  K美術館に戻る。警察署の眼と鼻の先にある美術館だ。  2階建。フランスの作家によるガラスでできた工芸品を主に展示している。そこそこ混んできた。  特別展示室は1階の奥だ。  鬼立を案内した。 「これは」鬼立が感想を言おうとして呑み込んだ。 「正直に言えよ。誰もいない」 「お前がいる」  性別のない裸の人形が直立している。  部屋の中央に配置されているので360度好きな角度から観賞できる。 「呆けてないで、左手を見てみろ」仕方ないのでヒントを出した。 「左手? まさか」  人形も左手中指がない。  俺のポケットにあるとは言わずに。 「これの作者は」  人形の足元に作品名と作者名の印字があった。   「人形No.2」   燕 薊幽(えん けいゆう)  鬼立は警察に連絡しに行った。  見れば見るほど人間によく似ている。  肌の質感。  髪の艶。  眼球の湿り気。  唇の生々しさ。  人間以上に人間に似せた人形を作る芸術家。  燕薊幽。  同じく左手の中指がない俺への挑戦状だ。      2  湖畔には沢山の美術館がある。  そのうちの4館が共同して、同じアーティストの作品を夏休み限定で展示することになった。  4館のフリーパスの発売、スタンプラリーも同時開催して、4つ全部集めるとささやかな景品が手に入る。  4館に飾られた人形のポストカード。4種類ランダム。  よくある企画だ。  しかし、その企画の眼玉であるところの人形と同じ状態で遺体が発見されれば事情が変わって来る。 「展示替えですか」燕薊幽が言う。  彼女はK美術館から4kmほど離れたH美術館にいた。夏休みの間、4つの美術館会場を日替わりで転々として一つの作品の完成を目指しているらしい。  神経質そうな学芸員が燕薊幽に説明している。  企画を中止するわけにいかないから、せめて(くだん)の人形だけでも展示替えできないか、と。 「持ち込んでいるのは今回4体のみです」燕薊幽が困ったような表情をする。「つまり、K美術館の人形を外すとなると、K美術館のみ展示するものがなくなってしまいます」  年齢30代。身長160センチほど。栗色のうねるような髪質。青い眼で白い肌。鮮血色のチャイナドレスを纏っている。  国籍は日本国ではないが、彼女の口から紡がれる日本語にまったく不便はない。  学芸員と話が付く前に、捜査員がやってきて彼女を警察署に連れて行った。  付いていくことにした。  取調室。  鬼立の鶴の一声で、ワンサイドミラーの小窓の前に待機することができた。 「お名前は」中年の捜査員が言う。 「燕薊幽です」 「身分証を」 「どうぞ」燕薊幽はパスポートを見せた。「今回の企画に合わせて滞在しています」  入国や滞在期間に関しては別途照会するのだろう。 「K美術館のすぐそばでご遺体が発見されました。そのときあなたはどちらに?」 「H美術館です」 「それを証明する人は?」 「スポット的なら、訪れた鑑賞客です。防犯カメラがちょうど私を映していれば証明になるかと」 「一日中いたんですか」 「今日はH美術館で作品を作ることになっていましたから」  湖は一周16kmある。  警察署のすぐそばのK美術館。  K美術館から湖畔を反時計回りに4km離れたH美術館。  K美術館から時計回りに2km離れたS美術館。  S美術館から時計回りに4km離れたL美術館。  これらが今回の4会場。 「今日はK美術館に行きましたか」 「いいえ」 「最後にK美術館に行ったのはいつですか?」 「昨日です」燕薊幽が言う。「昨日はK美術館で作品を作る日でした」  K美術館、H美術館、L美術館、S美術館の順で燕薊幽が巡回している。  反時計回りに美術館を移動していることになる。  昨日のアリバイも聞かれていたが、美術館の場所が変わった以外はまったく同じ。  K美術館とS美術館の間にあるホテルに滞在し、朝は開館と同時に該当美術館を訪れ、昼は弁当を差し入れしてもらい、閉館と共にホテルへ。それを1ヶ月ほど繰り返す。  現在6日が経過した。  つまり、スタートのK美術館から2週目の巡回に入った。  あまりに燕薊幽があっさりしているせいだろう。一通りの質問が終わると解放となった。  16時。 「送ってくださってありがとうございます」燕薊幽が丁寧に頭を下げる。  K美術館の前。閉館時間は18時。あと2時間ある。 「作品づくりに戻ります」  燕薊幽が帰って来るのを待ちわびていた学芸員が飛び出してきた。展示替えの話を詰めるのだろう。  已むを得ないとは思うが。 「どう思う?」鬼立が燕薊幽の姿が見えなくなってから言う。 「殺人には関与していないが、間接的に何かに関わってるてとこだろうな」 「間接的?」 「指のない人形にヒントを得て殺した奴がいる」  生ぬるい風が顔を撫でた。  鬼立が俺を見た。 「犯人は、K美術館に、この6日の間に来たことがある。さっさと確認したほうがいい」  入口の天井にカメラがあった。  来客の顔まで映っていることを願って。  翌日。  燕薊幽がL美術館に行く日。  H美術館の窓から見える湖に遺体が浮かんでいた。  30代女性。全裸で、またも。  左手中指が切り落とされていた。      3  L美術館はK美術館やH美術館と違い、体験型の工房やガラス製品のショップが充実していた。  ガラス工芸作品に混じって、燕薊幽の人形が展示されている様は一種異様な光景だった。     「人形No.8」   燕 薊幽(えん けいゆう)  左手中指がないのはK美術館の人形のみ。燕薊幽本人から聞いたので間違いない。  着脱可能な左手中指にした人形は、1体のみとのこと。 「評判は正直良くないです」燕薊幽が言う。  L美術館の工房。  パンダの展示室よろしく制作している姿は、客から丸見えになる。  好奇な視線がほとんど。素通りはまだいい。なんらかの罵声を浴びせて行く客も少なくないらしい。 「企画側に言ったほうがいいのでは?」鬼立が心配して言う。 「企画側はむしろ反対したんです。私が強く申し出たので折れてくれただけで」 「それでも、やってみたらこんなはずじゃなかったってことでしょう?」鬼立が食い下がる。 「L美術館は一番客足が多いので余計にそう見えてしまっているんでしょうね。気にしないでと言ったら酷でしょうけど、私がやりたかったことですから」  捜査のほうも難航している。K美術館とH美術館の入り口カメラを隈なく調べているが、ここから同一人物を探すのはなかなか困難なようで。  先んじてL美術館の入り口とそこから見える範囲の湖は、捜査員が張っている。怪しいと思しき客がいないか監視している。  法則が崩れなければ、本日はL美術館。  17時半。  閉館時間から30分後。  S美術館から見える湖に遺体が浮かんでいるのが発見された。  全捜査員がL美術館を警戒していたので、S美術館はノーマークだった。  そもそも目撃者はいないのだろうか。湖面を映している防犯カメラはないのだろうか。  もう警察が調べているに違いないが。 「なんでこんなことをしているんだろうな」鬼立がぽつりと言う。  20時。  ホテルで夕食を摂った後、泊まっている部屋に戻ってきた。  鬼立は椅子に腰掛けている。  俺はベッドに横になった。「さあな。犯人に聞けよ」 「それを探るのがお前の仕事じゃないのか」 「俺の見立ては、燕薊幽のファンだな」 「同じものを作ったってことか」 「捧げたが近いか。お供え物だよ」 「シンパか」鬼立が顎に手を当てる。「そこまでするか?」 「現にしてるだろ。そうじゃなきゃ、偶然、裸にして、左手の中指だけ切った遺体が3体も浮かぶか?」  待てよ。  左手中指の着脱可能な人形はK美術館の展示だけ。  しかも中指が取れた(俺が取った)直後に遺体が発見された。  おかしい。  犯人は、K美術館の人形の中指が取れたことをあらかじめ知っていた?  この話を鬼立相手にしてやってもいいが、そうすると左手中指の行方まで知らせないといけなくなる。  こっそり燕薊幽に返すか。 「K美術館の人形以外だけ中指がないのなら、K美術館を訪れた客だけに絞れば問題ないんじゃないか」鬼立が言う。「それか、過去にこの展示をどこかでしているかどうか」  いい具合に別の方向へ持っていってくれた。 「まあ、すでに調べているとは思うが」鬼立が言う。 「明日聞いてみたらいい」 「お前が聞いてくれ」 「なんで」 「私の仕事は事件の解決でも犯人の逮捕でもない。お前の監視だ」 「なるほど」  何もしないってことか。  鬼立は、消灯時間(俺が寝ると言う)までタブレットで報告書をまとめていた。俺のことを書かれているのがむずがゆいので、知らん顔して温泉(大浴場)に行ったりした。  なんともまあ。  ここで再会するとは。  陣内千尋の嫌がらせなのか、はたまた機転を利かせたのかは不明だが。  鬼立は憶えていないと思うが、実は鬼立が大学に入ったばかりの頃に顔を見に行っている。  陣内千尋の息子が近くの大学にいると聞いてツラでも拝んでやろうと思った。  鬼立は、偏差値のバカ高い某有名大学の法学部にいた。  外見は陣内千尋にそっくりだった。  銀縁メガネ。レンズの奥に秘めた野心。鋭利で利発そうな輪郭。  まさに陣内千尋のクローンみたいな外見だった。  陣内千尋は、俺の育ての親。  本当の息子と妻をあっさり捨てて、どこの馬の骨とも知れない俺を天塩にかけて育てた。  自分の後継者にするために。  結果、上手く行ってるように俺が見せかけているのを陣内千尋は見抜いている。  俺を放し飼いして、俺が自由に動けるように裏で圧力をかけ続けている。  おかげで俺の名字だけで印籠になってしまった。  いい迷惑だが、面倒な場面をすっ飛ばせるのは便利だ。  向こうだって俺を利用しているんだから、俺だって陣内千尋を利用させてもらう。  俺の目的は。  生き別れの姉を見つけて凶行を止めること。  鬼立が寝返りを打ったのでビックリした。  ベッドがツインとはいえ、すぐそばに鬼立がいるので落ち着かない。  陣内千尋が寝ているのだと錯覚する。  こんなひどいホラーはない。  なんでこんなに似てるんだ。  別れた妻はさぞ嫌だったのではないだろうか。まだその気があるならともかく。  全然リラックスできなくて結局ほぼ完徹。  長野に来て3日目。  朝6時。 「ちゃんと寝ないと駄目だろ」鬼立が言う。  誰のせいで。  連日お前と同じ部屋で寝なきゃいけなくなってる俺の身になってくれ。  無理か。  向こうは監視のために近くにいるんだから。  初日の夜はどっと疲れて気づいたら寝落ちしていたが、昨日は駄目だった。冷静になったらいけなかった。  そうか。わかった。  やっぱり陣内千尋の嫌がらせだ。  自分そっくりの息子を俺の監視に付けたのは。  俺たちが止まっているホテルは、偶然にも燕薊幽と同じホテルだった。部屋までは知らない。  一番最初に遺体が発見された湖近くのK美術館と、昨日法則を崩して遺体が発見された湖近くのS美術館の間に位置する。  とすると、本日はやはりL美術館なのか。またも法則を崩してくるのか。 「今日はすべての美術館に捜査員を配置するらしい」  警察署に出向くまでもなく鬼立が教えてくれた。  ホテルで朝食を摂って、とりあえずK美術館が開く9時まで待った。  9時過ぎ。  K美術館。  今日は燕薊幽はここから2km離れたS美術館にいる日だ。  学芸員が蒼白い顔をして建物から飛び出してきた。  まさか。  捜査員と一緒に中に入る。  奥の奥の特別展示室。  中指のない人形。  かと思った。  違う。  それは、  人形じゃない。  人間だった。  遺体が、人形の展示と入れ替わっていた。  鬼立が息を呑んだのが聞こえた。  白い肌。  栗色の髪。  黒い唇。  若い女性の遺体。  燕薊幽。  お前がやったのか?      4  燕薊幽はまたも警察署へ連行された。  自分は昨日も今日もK美術館には行っていないの一点張り。  確かに防犯カメラには、燕薊幽の姿は映っていなかった。  ではK美術館の人形はどこへ行ったのか。 「展示替えをしろと言われたので。ホテルの部屋にあります」燕薊幽が真っ直ぐ前を向いて言う。  燕薊幽の泊まっているホテルの部屋。  棺のような箱の中身は空。 「そんなはずはありません。昨日寝る前に確認しました」燕薊幽が焦った様子で言う。  取調室。  10時。 「私が部屋を出たあと誰かが私の人形を盗んだに違いありません」燕薊幽は主張するが。  ホテルの入口のカメラに大荷物を抱えた(スーツケース)客は該当時間には映っておらず。  ホテルの全室を調べることはさすがにホテル側に難色を示された。  しかし、外に出ていないなら、部屋のどこかに潜んで、ほとぼりが冷めた後にこっそりホテルから持ち出すのが最善策だろう。  警察には、人形を見つけるよりも優先すべきことがある。  K美術館の学芸員によると、昨日は閉館時間まで特に異変はなかった。が、人形が人間にする代わっていたかどうかは目視で確認をしていない。  受付の事務員も、ショップ店員も特に怪しい客は見ていないと。  K美術館は入口と1階と2階にそれぞれ一つずつカメラがある。特別展示室の中に遺体を持ち込むには、入口のカメラと1階のカメラの両方をかいくぐる必要がある。 映像にはそれらしい人物は一切映っておらず、映像を改竄した形跡もない。  遺体の死亡推定時刻は、昨日の夜0時頃。  ということはやはり、昨日18時に閉館してから本日9時の開館時刻の間にすり替えられた。  遺体の死因は、絞殺による窒息。首に縄のような跡が残っていた。縄の出処は警察が調べている。  またも全裸で。  中指は死後切り落とされていた。  これで4件目。  立て続けに4体も。  県警も美術館側もいよいよ後がない。  問題はこれで終わりなのか。まだ続くのか。  俺の見立てではこれで終わりだが。  なにせ、燕薊幽の人形は4体しか展示されていない。  そもそもその全部と入れ替えるつもりで?  いや、そのメリットは犯人にあるか?  防犯カメラに映るかもしれないという愚行を冒してまで。 「おい、聞いてたか」鬼立の顔が目線の先にあった。「お前の話が聞きたいらしい」  会議室のような部屋。  捜査本部。  俺と鬼立は入口に近い一番後ろの席に座っている。  俺は、そんなこと警察にはわかっていることだと前置きして、さっきまで考えていたことを話した。  反応は芳しくない。  それはそうだ。  そんなことくらいとっくにわかっている。  しかし、俺にしかわかっていない事実もあるのも確か。 「まともにやってないだろ」鬼立が不満そうに言う。  会議は終わった。  捜査員がぞろぞろと部屋を出て行く。 「俺には、これができた人間が一人しかいないと思うんだが」 「燕薊幽か?」鬼立が言う。 「莫迦か。頭使え」  K美術館に閉館時間の間に堂々と出入りできた人物。  鍵もカメラも関係ない。  鍵は持っているし、カメラの位置も把握している。 「学芸員だ」

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