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第7話 会いたい

 僕は社長の言葉に納得して、首を縦に振る。すると嬉しそうに、微笑んでいて眩しかった。  それから明日から忙しくなるから、早めに寝ることになった。それはいいんだけど……やっぱ、同じベッドですよね。  分かっていたけど、やっぱ恥ずかしい。目を合わせるのが、恥ずかしくなってしまった。  そのため後ろを向いて寝たふりをしたのだが、直後にいびきが聞こえてきた。僕のために、色んなことをしてくれたから疲れているのかな。  そう思って、後ろを振り向く。自分と同じ男とは、思えないほどに整った顔があった。 「……綺麗」  思わず頬を触ってみると、暖かくて安心できた。なんとなく恥ずかしくなって、離れようとした。  すると急に抱きしめられた。起きてる! と思っていると、ぐうと寝息が聞こえてきた。  寝てたみたいだ……それにしても、社長の匂いってとても落ち着く。どこかで嗅いだことあるような……。  どこだっけ……思い出せないけど、懐かしくて落ち着く……体を寄せて気がつくと、寝てしまったようだった。  目を覚ますとカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいた。眩しくて起きると、隣にいるはずの社長の姿がない。  僕を置いていなくなるはずないけど、途端に言葉で表せられない虚無感に陥ってしまう。  その場で体育座りになって、色々と考えてしまう。彼に会いたい……彼の笑顔が見たい。 「寂しい……」  ずっと彼が傍に居てくれたから、忘れていただけで僕は昔から寂しがり屋だ。両親の話だと、赤ん坊の時にベビーベッドに置くと泣いていたらしい。  でも抱っこすると直ぐに泣き止んで、笑っていた。今もそうなんだよな……赤ん坊の時から、変わっていなくて……。  そんな僕をいつも、彼は笑顔で受け止めてくれていた。まただ……両目から、大粒の雫が溢れ始める。  自分がこんなに寂しがり屋で、落ち込みやすい……そんなこと、完全に忘れるぐらいに……。  ――――彼が好きだったんだ。 「会いたい……蒼介」  僕が溢した弱くて消えそうな声が、静かな寝室にこだまする。それでより一層、寂しさと虚無感が増していく。  そんな時だった。寝室のドアが開かれて、優しい微笑みを浮かべた社長が現れた。何故かとてつもなく、嬉しくなって衝動的に抱きついてしまった。  頭を撫でられて、腰を支えられた。やっぱ、この匂い落ち着く……上級αだからなのか、社長だからなのか……。  それは分からないが、心が一気に浄化されていくようなそんな感覚。でもやっぱ、蒼介に会いたくなってしまう。  僕のこと本気で心配してくれているのは、今目の前にいる社長なのに……。そう思って、離れようとすると更に強く抱きしめられた。 「しゃ……んっ」 「言い忘れていましたが、仕事以外で社長と呼ぶ度にキスしますので」 「えっ……えっと」  ニコニコ笑顔でキスをされて、そんなことを言われた。えっと、これはいつもの冗談? 僕のこと、揶揄って遊んでる?  どちらにせよ……この人の意外な一面を見れて、少し嬉しいとまで思ってしまう。完璧な人なんていないんだよな。 「なんて、お呼びしたら」 「花楓、意外の呼び方はないですよ」 「帝さんじゃ、ダメですか……ハードルが」 「苗字はダメです」  そう言う社長の瞳は、少し怒っているようで悲しそうにも見えた。どう言う心境なのか、分からないけどしばらくお世話になるんだし……。  ここは言うことちゃんと、聞いておいたほうがいいよね……そう思ったから、自然と上を見上げる形で名前を呼んでみる。 「か……えで……さん」 「つっ……では、朝ごはんにしましょう」 「は、はい」  僕が吃りながらも名前を呼ぶと、しゃ……花楓さんは、耳を真っ赤にして引き離す。  その時の表情が上手く見えなかったけど、照れているのは分かった。なんか可愛くて、つい笑ってしまった。  それから僕たちは、花楓さんの作った完璧な朝食を食べる。今日も美味しくて、どんどん食べてしまう。  そこで僕は何もせずに、住まわせてもらう訳にはいかないよね……かといって、大企業の社長相手に家賃とかって可笑しいし……。  自分にでも出来ることをするのが一番だよね。そう思って、提案をしてみることにした。 「あの、流石にこのまま住まわせてもらうのは……気が引けるので、僕に出来ることをしたいです」 「ふむ……」  僕がそう言うと、花楓さんは口元に手を置いて考えていた。流石に図々しいかな……。  でもこのまま黙っているのは、流石に良くないと思う。ただでさえ、社長業は僕が思っているよりのハードだろうから。  それなのに、住まわせてもらって給料まで貰って……それこそ図々しいこと、僕には出来ない。  それに僕はこれと言って、趣味がないから……一人でいると、余計なことをぐるぐると考えてしまいそうだし。 「分かりました。では、こうしましょう。秘書の仕事も覚えてもらいますし、追々家事をお願いしましょう」 「はい! ありがとうございます」 「では、そろそろ湊さんの家に荷物を取りに行きましょうか」  そう言って食べ終わった食器を持って、キッチンへと向かう。僕も慌てて手伝いをしに行って、一緒に洗い始める。  二人で無言で洗い始めるが、そこにはゆったりした空気が流れていた。それにしても、普通に下の名前で呼ばれたからこそばゆく感じてしまう。  この人は何でそんなに、サラッとこなしてしまうのだろうか。こういうのが、俗に言うスパダリなのかもしれない。  そう思って横顔を見つめていると、視線に気がついた花楓さんと目が合った。急に恥ずかしくなって、思わず目を逸らしてしまう。  クスッと笑って、おでこにキスを落とされた。急なことで顔が真っ赤になっているだろう。  そしてそっぽを、向いて肩を揺らして笑っていた。もうこの人は……完全に僕をいじって遊んでるよね。  でもそんな花楓さんを見て、なんか心がフワッと軽くなったような感じがした。それから花楓さんの服を借りて、出かけることになった。  ブラウンのハイネックのセーターに、ジーパンを借りた。それはいいんだけど、少しデカくて腹が立つ。 「あの……やっぱ、スーツでいいんじゃ」 「スーツは仕事の時に、着るものですよ」 「確かに、そうですけど……」  そうなんだけど……ブカブカだし、何よりこの匂いのせいで……花楓さんに包まれているようで恥ずかしい。  そう思ってモジモジしていると、手を握られて玄関から外に出る。二日振りに外に出たからか、変な感じがして尻込みしてしまう。

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