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第4話
これまではふらりと気が向いた時にユキの顔を見に行っていたけど、相手が正式に白龍のお手つきとなって身籠もったとなると、こちらもきちんとしなければならないだろう。
どうせ私の正体も誰かから聞いているだろうし。
訪問の予定を知らせて返事を待ち、屋敷に訪れても勝手に入ったりせず案内を待つ。うん、面倒。
ご隠居には「ユキ様々ですかな?」と嫌味を云われたけど無視。
私だってきちんとする時はするのだ。
案内の後をついてユキの部屋に向かうとどことなくホッとしたような表情をユキは見せた。
「シロ・・・・・・」
うん、可愛いけど。
あーあ、この女が他の男を選べば問題なかったのに、という気持ちもあって。複雑。
「ユキ、忙しくてなかなか来れなくてごめんね―――さっそくだけど私のことどこまで聞いてる?」
座りながら問いかけると戸惑いながらもユキは口を開いた。
「あっ・・・・・・え、偉い人としか・・・・・・」
「そう。これでも一族の長だからね、偉いんだよ。だからね、しばらくは一緒に暮らせないかな。忙しいし危ないからね」
「危ない・・・・・・」
「そう、仕事柄ね。でもここに居れば安全だからしばらくはここにいて欲しいかな。この屋敷の主は先代の側近でとっても怖い人だったから、ここは安全なんだよ」
「え、あのじーさん、そんな凄い人だったんだ・・・・・・」
まあ、今でも怖い人なんだけどね。
「そう、だからねしばらく落ち着くまではここで安全に過ごして欲しいかな。環境を整えたら迎えに来るから」
ユキの頬に手を添えるとすりっとすり寄せてきた。可愛い。
「うん・・・・・・」
ユキが望むのなら一緒に暮らしても良いかな、と思えるようになってきた。
何より子供が一人でもいたら跡継ぎのことをうるさく云われないかもしれないし。
白龍は血の繋がりは関係ないのにさ。
うーむ・・・・・・。
色々、採決待ちの書類を片付けて主上への報告書を書き上げ、でももう少し違う書き方があったかな・・・・・・と考えていると目の前にスッとお茶が差し出された。お、気がきくね。
「お、ありがとう」
「ユキのことでお悩みでしたら、最悪オレが本当の運命の恋を演出しますよ。だから安心してくださいね。でもオレとしては白龍様の手のついたとして変態が湧いてこないか心配ですけどね」
ああ、私もよく使う手だね。
馴染みの女が本気になりはじめたら他の男に身受けさせるという。まあ、彼女達も馬鹿ではないのでわかてて飲み込んでくれるけど。
「なるほどね。でも違うよ。主上への報告書、もっと違う表現もあったかなって・・・・・・」
「それなら良かったです」
そう云ってショウが微笑んだ時、ドアがノックされた。
「? はい?」
今日、訪問者の予定あったっけ?
入室を許可すると入ってきたのは翠龍だった。
「―――白龍殿、少々お話が」
人払いを、と云う翠龍にショウとリョウの警戒スイッチが一気に入る。
もーどうせ仕事の話でしょうに・・・・・・。
この二人がこうなってしまっては絶対部屋から動かないだろうし、仮に部屋から出て行ったとしても話は筒抜けになるだろう。
―――仕方ない。
「翠龍殿、少し気分転換をしようと思っていまして、お付き合い願いますか?」
椅子から立ち上がって外へ誘うと翠龍は頷いた。
さすがに外だったら後をついてきても話の内容まではわからないでしょ。余程近づかなければ。
のんびり歩いて建物から充分距離をとった頃、翠龍が口を開いた。
「先日のお話の件ですが」
「先日?」
何か話たっけ?
はて? と首を捻っているとフッと翠龍が軽く息を吐いた。
「―――あなたの子を身籠もったとかいう女の話ですよ。あなたが望むのならこちらで始末する手はずを整えますが?」
「・・・・・・」
顔が強張るのを感じる。
―――こいつは何を云っている?
面倒だな、鬱陶しいなで私が自分で片付ける手はずを整えるのは良いが、他人にどうこうされるのは好きじゃないのだ。
それに稀人とはいえ、もう私の民だ。
それを外からごちゃごちゃ云われるのは本気で腹が立つ。
だけど相手は自分の対で、事を荒立てるのは得策じゃない。
「・・・・・・ああ、もしかしてご心配をおかけしましたか? でももうご心配には及びません。あの時は少々混乱しておりまして・・・・・・お恥ずかしい」
「娶られるおつもりですか?」
「それも良いかもしれませんね。子供の一人でもいればあまりうるさく云われないでしょうし」
そんなつもりはないけど。
それにしてもこの男はどこからそんな情報を?
私の一族の者ならば特に口止めをしてないから誰でも知っているだろうが、だからと云って外へ漏らすとも思えない。
「なるほど―――では云い方を変えましょう。私はあなたが欲しい。あなたが頷いてくれるならあなたの妻とそのお腹の子の安全は保障いたしましょう」
妻じゃないけどねー。
でも、なるほど、脅しか・・・・・・。
第一線を退いたとはいえあのご隠居の屋敷だ。そうやすやすと外から侵入出来るとは思わない。
そうするとはったりと云うことになる。だが、翠龍の態度からすべてがはったりとは思えない。
何かあるはず。
確認したいがそれをする時間は与えられないだろうなぁ。
伸ばされてくる手を拒否するのは簡単だ。
だが、どうする? と翠龍を見て驚いた。
こいつ、こんな顔していたか?
思い詰めたような表情に、昏く淀んだ瞳、心なしか雰囲気も禍々しいオーラを纏っているような気もする・・・・・・。
これはこのまま放っておくと闇堕ちしてしまうのでは?
私の対が?
闇堕ち?
は?
―――では、どうする?
・・・・・・仕方ない。
男と寝る趣味はないけれど、突き放して対が損なわれるのも寝覚めが悪い。世界も荒れるし。
だけど、このまま素直に云うことをきくのも癪だよね、ということで。
「翠龍殿」
翠龍の顔を両手で挟んで動かないように固定する。
「白龍殿・・・・・・?」
意図がわからず困惑する翠龍ににっこり微笑いかけてから、せーのと額と額をぶつける。
ゴンッと鈍い音と目の前に火花が散って思わずうずくまった。痛い。
自分のやったことだけど、痛い。
「白龍―――、何を・・・・・・」
「うるさい、黙れ・・・・・・っ」
これで手打ちにしてやろうと云っているんだよっ。くそっ、石頭めっ。
何とか痛みをこらえながら立ち上がり翠龍を見ると同じようにうずくまっていた。痛かったらしい。ざまあみろ。
「・・・・・・後で迎えをやる。待ってろ」
そう吐き捨てて背を向ける。
―――さて、翠龍に情報を流した内通者がいるはずだから洗い出すか。
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