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第2話

 約束の時間より二十分も早く駅に着いてしまったぼくは浮き足立っていた。  正直なところ、昨日の放課後のことが本当にあった出来事だという実感がない。暑さのせいでおかしくなったぼくの頭が見せた悪い夢だったんじゃないかとすら思っている。  それでも今、ぼくがここにいるのは昨日の事が夢ではなく現実で、約束を破ったと責められることだけは避けたかったからである。正直、「あんな冗談を間に受けたの? お疲れさまーw」と笑われる方がずっと気が楽だ。 ――からかわれたのかな。そうだったらいいな。  改札を通る人たちの顔を確認しながら、そんな考えが思い浮かぶ。夏休みが始まったこともあってか、駅の構内は普段とは違い私服姿の中・高生のグループで賑わっている。  同年代のグループが苦手なぼくは、なるべく目立たないようにと隅の方に移動して身を縮こまらせた。  約束の時間まであと五分。今のところ、まだ柳川の姿が見当たらないことに少し安心し、このまま彼が現れないことを心の中でこっそりと祈った。  次の五十八分に着く下り電車が十一時前最後の電車だ。そこから降りてくる人の中に柳川が居なかったら帰ろうと決心する。ここまで待ったら、義理を果たしたといったって良いはずだ。  電車の到着を知らせるアナウンスが微かに聞こえてきた。息を整えてホームから上がってくる人を待ち構える。数秒待っていると階段からぞくぞくと乗客が現れた。ぼくは改札を通る人の顔を注意深く確認した。 「よっ。はよ」 「――っ!」  改札ばかりに集中していたぼくは、横から近づいてきた柳川の存在に全く気がつくことが出来なかった。 「あー……驚かせた? けど、そんなに怖がらなくても……」  思わず腰を抜かしたぼくに話しかける柳川は、少し不満そうな顔をしていた。  ぼく達のやり取りに気がついた女の子のグループから、冷たい視線を向けられる。どうやら柳川に不快な思いをさせたからと、ぼくは見ず知らずの彼女たちから敵認定をされてしまったらしい。理不尽な話である。  何も悪くないのにどうしてそんな目で見られなきゃいけないんだ! と心の中で虚勢を張ったところで、その不満を口にするなんてことはできるハズもない。陰キャというのはそういう役回りなのだから仕方ないことなのだ。こういう時は、自分の意見を押し殺して場の空気を読んで謝るのが最適解だということをぼくは知っている。 「……ごめん、なさい」 「ま、いーけどさ。とりあえず、行こっか」  ぼくが謝罪を口にすると、柳川は少しバツが悪そうに受け入れてくれた。単純なぼくは、それだけで柳川はそこまで悪いやつじゃないんじゃないかなんて思ってしまう。  それに、そんなことよりも気になることがあった。 「あの、ほかの人は?」  柳川の周りに、彼の友人たちの姿が見えない。どこか他の場所でまっているのだろうか。 「ほか? いないよ。そもそも誘ってないし」  しかし、彼の返答は予想外だった。 「いないの……?」  ぼくの質問に柳川は不思議そうな顔をする。まるで、最初からぼくと二人で出かけるつもりだったとでも言いたげだ。  柳川には悪いけど、彼の友人がいないのならいない方がマシだ。  昨日だって、彼の友人たちはぼくが柳川に話しかけられた事を面白く思っていなさそうだった。今日も一緒に出かけるなんてことなったら、あのチクチクとした視線を一緒にいる間ずっと向けられただろう。それを思うと二人ので出かけるという方が、緊張はするけれど気は随分ラクである。 「誰かいた方がよかった?」  彼の問いかけにぼくは首を横に振った。 「ほかにも誰か来るのかなって思ってただけだから……」 「なら問題ないね、他に誰も誘ってないから。じゃあ行こうか」  そう言うと柳川は出口の方へ歩き出す。ぼくはそんな柳川の後を慌てて追いかけた。  柳川は黙っていても目立つ容姿をしている。それに私服姿の彼はファッション雑誌から飛び出したモデルさんみたいに格好いい。歩いているだけで羨望の眼差しや熱い視線をを向けられていた。けれど、彼は慣れたことのように全く気にする様子はない。 ――やっぱり、ぼくとは住む世界が違うんだ。  “洗練された”という言葉が似合う柳川に対し、ぼくは首元が少しヨレた黒いTシャツに少し色落ちした黒のスキニー。オシャレなどという言葉とは程遠い装いだ。普段、そこまで服装に頓着がないぼくだけど、今回ばかりは気恥ずかしくなってしまった。  隣に並ぶのも申し訳なくて、一歩下がったところを歩く。  たった一歩前を歩く柳川が、なんだか手の届かない存在に思えて仕方がない。 「そろそろ人も減ってきたし、隣歩いたら? 話しかけにくいし」  そう思っていたのに、柳川はいとも簡単にぼくが引いた線を超えてきた。 「え、あ……うん」  柳川の言葉に従って隣に並ぶ。話しかけにくいなんて言ったくせに、会話はなかなか始まらない。方便だったのだろうか。  けれど、話題が思い浮かばないのは仕方のないことだ。ぼくは柳川のことを知らないし、きっと彼もぼくのことなんて知らない。  沈黙に耐えるがいよいよ辛い。  ぼくから何か話題を振った方がいいの? いいや、無理だ。天気の話題しか思いつかない。 「あのさ」  この雰囲気を打開しようとぼくが必死に頭をフル回転させていると、ようやく柳川が口を開いた。

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