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第1章 龍は臥す
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あのクソババア、またやりやがった。
何度やれば気が済むんだ。
男に擦り寄ってはガキこさえて男に捨てられる。
カネも何も持ってないのに。
そんなに俺らに迷惑かけて台無しにしたいのか。
新しいガキは、女だった。
初めての女子だった。
女なら、もうちょっと大きくなったら俺がやってることを代わってくれるはず。
だからそれまでの辛抱。
俺が、
俺が皆んなを食わせてやらないと。
学校なんかどうだっていい。
部活も友だちも進路だって知らない。
とにかく放課後と土日。
俺は、
自分を売る。
龍は白く光り輝く
第1章 龍は臥す
1
俺のシマで、好き勝手やってる奴がいるらしい。
好き勝手というか、無許可で客を取っている。
取るというか、客を奪っている。
事務所に連れて来させることにした。
両側に部下を付けさせたが、少年は暴れる素振りを見せない。
いくつだ?
学ランを着ているので少なくとも中学生か。
「あとは任せてくれていい」
部下が何か言いたそうな素振りを見せたが無視して退室させた。
事務所の俺の部屋。
デスクと、PCと、適当なソファセット。
照明は煌々と青白い。
少年に近づいて、顎をつかまえた。顔を上げさせた。
「なんで連れて来られたのかわかっているな?」
眼が濁っている。
汚いものを見すぎたのだろう。
身長は160センチに足りない。学ランの前を開けて、白いシャツが露出している。
白い首が青白い照明に反射した。
「場所変えればいいんすか」少年が眼を合わせずに言う。
「端的に言うとそうだが、なんでこんなことをしている?」
「カネが要るんすよ。わかるでしょ」
「なんでカネが要る?」
少年が、掴まれた顎を振り払った。
「痛いんすよ」
「質問を変える。今日いくら稼いだ?」
22時。
夜も深い。
「回収するってことすか」
「そうは言ってない。毎日どのくらい稼がないと帰れないのか知りたかった」
少年は制服のズボンから財布を出して、中身を見せた。
万札が10枚以上は入っていた。
「何人相手にした?」
「もう、なんなんすか。やめろって言いたいだけならそんなしつこく聞く必要ないっしょ?」
「俺が毎日同じ分を渡すから、身体を売るのをやめろ」
「はあ?」少年が財布を落とした。
拾って渡す。
「だいじなもんだろ?」
「いやいや、意味がわからない。じゃない。ああ、そうゆうことすか」少年が急に蠱惑的な笑みを浮かべて擦り寄ってくる。「おにーさん、そうゆうシュミすか」
「ああ。そうだな」少年の腕を引っ張ってソファに倒す。
「毎晩通えばいいんすね?」少年は無抵抗にソファに仰向けになった。「むしろ楽できてラッキーすよ。いい人に眼つけられたかな」
「どうだか」
その晩は、少年が帰れなくなるほど滅茶苦茶に抱いた。
彼は、シロと名乗った。
自分は犬だから、と自嘲気味に笑った顔がしばらく忘れられなかった。
2
立てなくなるまで抱いたはずだが、翌日、少年ーーシロは、俺より先に起きてメシを作ってくれていた。オプションサービスで追加料金を請求された。
12月。
今年もあと1ヶ月を切った。
「痛くないのか」
「それ、あなたが言います?」シロは軽蔑したように鼻で笑った。
メニューは、トースト、目玉焼き(ベーコン付き)、コーンスープ。食後にコーヒーも出てきた。シロは作り慣れているようだった。冷蔵庫とキッチンの備蓄だけでよくここまで朝食の形にしたと思う。俺が自分で作らないから余計に。
「兄弟が多いんで、俺がやったり、当番だったり」シロがトーストにブルーベリージャムを塗りながら言う。
「学校は?」
「今日は土曜日ですー」
カレンダーを見る。どうやらそうらしい。
「てか、お兄さん、名前、聞いてなかったんすけど。名前ないとやるとき盛り上がらないっしょ?」
「龍だ」
「ああ、その背中の」
俺の背中には龍の刺青が入っている。
「いつ見たんだ?」
「真っ裸で寝てた人が言います?」シロがイタズラっぽく笑う。
シロは本当に表情がコロコロ変わる。
顔もイケメンの部類だろう。女に人気がありそうだ。
「なんすか、俺の顔見て」
「彼女もできないだろうに」
「心配するところそこすか」シロがガックリと肩を落とす。「まあ確かに、そんなことしてる場合じゃないんで。俺の稼ぎで兄弟が食えてるんで」
「何人いるんだ」
「一番上はちょっと事情があっていないんすけど、二番目、俺、四番目、と一番下が女子」
その言い方だと、4男と1女の5人兄弟か。
「言いたくないだろうが、親は」
「想像つくっしょ。俺がこんなことしてんのに」
父親も母親も身近にはいない。
どっちにも見捨てられたか、どっちかがカネを持って逃げたか。
「上の兄弟は?」同じことをしているんじゃないのか、という意味。
「残念ながら、俺ほど見た目がよくないので、新聞配達とかコンビニバイトとかそうゆう堅実な稼ぎ方をしてます」
食べ終えた皿をシロが流れるように片付ける。
「美味しかった。ありがとう」
「昨日あんだけ滅茶苦茶にしといて、そうゆうこと言うわけですね」シロは複雑な表情を浮かべた。
9時。
シロは家に帰った。俺が渡した紙幣の束を持って。
翌日から毎晩、シロを抱くことになる。
3
部下が報告したのだろう。
上が口を出してきた。俺のカネの使い道に。
俺のカネの使い道は俺が決める。
お前のカネじゃない。
じゃあ俺が稼いだカネなら問題ないだろう。
だからそれはお前のカネじゃない。
平行線だ。
何か他に金策を用意すれば黙るだろう。
「浮かない顔すね」シロが言う。
ソファでやったのは初日だけで、それからはベッドでしている。
シロの腰と背中が心配だったので。
「こんなニンゲン扱いされたの初めてで」シロが遠くを見ながら言う。「道端とか、ホテルの部屋の入口とか。いつでも好きなときにダせる都合のいい便器か何かと思われてるので」
20時。
さっき一発目が終わった。
シロはベッドに座ってサイドテーブルで宿題を始めた。数学の問題集を開く。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃなくても数学のセンコー、うざくて。やってかないと無視するんすよ」
「小さい男だな」
「廊下に立たせたりとか体罰になるんで。そうゆうこすいことしかできないんすよ」
「悪いな。俺が教えられればいいんだが」
はっきり言って全然わからない。
「大丈夫すよ。俺、顔だけじゃなくて頭もいいので」シロが言う。「高校もいいとこ行けそう」
「学費は」
「だからそれを稼いでるんでしょうが。食費に、水道光熱費に、雑貨費に、学費に」シロが指を折りながら言う。「俺がいないとみんな死んでます」
「増やしてもいい」
「マジすか? じゃあもう一回やります?」シロがシャープペンを放ってしなだれかかって来る。
「別に身体も売らなくていい。俺のところに来てくれればカネは渡せる」
「いやいやいや、さすがに見返りがないのに」
「お前は迷惑だろうが、惚れてる。が、別にその先に進もうとかは考えてない。毎日来てくれさせすれば」
シロが眉を寄せてベッドから跳ね起きる。俺から距離を取った。
「悪い。急すぎた」
「はあ? 馬鹿なんじゃないすか」
「だろうと思う」
「そうゆうの迷惑なんで」
「だろうと思ってる。悪かった。聞かなかったことにしてくれ」
シロがトイレに行った。
帰りが遅かったのでノックしに行った。
「トイレすか」
「いや、寝てないかと思って」
「そんな馬鹿に見えます?」シロが言う。「ショック受けないでもらいたいんすけど、リバースしてました」
「そんなに気持ち悪かったか」
「悪いに決まってるでしょう。あのですね、俺はカネを稼いでるだけで、ホントは女の子が好きなんです」
「じゃあ女相手にやればいいだろ」
「やったことあるんすけど、ナマでやれとか言うヤバイ女が多すぎて。デキちゃうとあと面倒なんで、ターゲットを男に切り替えたわけです」
「変なこと思い出させて悪かった」
「トイレしづらいんで戻ってもらえると」
「悪い」
吐くほど衝撃だったということか。
そんなに拒否されていたのか。
身体を売らせるのはやめにして、カネだけ渡そう。
シロが戻ってきた。
「泊まっていってもいい」
「冗談。明日学校なんで」
カレンダーを見る。確かに。
今日が何日か把握できない俺のために、シロが○を付けてくれる。
平日だった。
「土曜になったら、オプションでやらなくもないすよ」シロがテキストを鞄に仕舞いながら言う。
「待ってる」
「あの、マジなんすよね?」
「何が」
「俺に惚れてるとかいう」
「ああ」
「マジすか」シロが頭を抱えた。「最初に告られたの、男すか。しかも年上の」
「初めてだったのか」
「告白くらいは取っときたかったんすけど。無理でした。もうこうゆうのは何にも期待しないで生きます」
家まで送りたかったがいつも断られる。
家の場所を特定されると困る、とシロは言うが。
単に俺を生活圏内に近づけたくないのだろう。
それか兄弟に見せたくないか。
シロが○を付けたカレンダーを見る。
来週。
クリスマスだ。
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