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第3章 龍は昇る

     1  あれから5年は経った。  俺もそろそろ身を固めないといけない。  どんな女も差がない。  シロもとい白光(しろひ)じゃなければ誰でも同じ。  だから誰と契ったのか俺は知らない。  どうでもよかったから。  白光がいなくなってから世界は乾いてしまった。  元通りというより元よりひどくなった。  モノクロの世界は、黒一色になった。  白は俺の世界から消えた。  あんなこと言わなければ良かったとは思わない。  いずれは突きつけなければいけなかった内容だ。  例え白光がどこぞのよくわからない男に身体を売っていようが。  白光が身体も心も傷ついていようが。  白光ごと救う方法はなかったのだろうか。  白光の兄弟ごと俺が面倒をみる方法は。  ない。  俺がこの世界にいる限りそれはあり得ない。  じゃあ俺が抜けるか。  そうか。  その方法があったか。  できるわけない。  上から言われた。  わかってる。  何を血迷っているんだか。  たかがガキを手放した程度で揺らぐな。  妻になった女が首輪と白いスウェットを捨てようとしたので阻止した。  未練があるのはどっちだ。  未練しかない。  会わなくてもいいから元気で過ごしている姿を見たい。  家に行った。  すでに引き払われて別の家族が住んでいた。  どこにいるのか。  生きているのか。  クリスマスを過ぎて、  大晦日。  白光から電話が来た。      2 「シロ?」  非通知じゃない。  登録してある番号。 「シロだろ? シロ」  時間は、  奇しくも20時。 「そんなに呼ばなくても俺すよ。久しぶり~すよね」  声が上ずっている。  酒を飲んでいる? 「あの~、お願いあるんすよ」  滅茶苦茶にしてほしい。  すぐに待ち合わせの場所に向かった。  シロは、白光は。  すっかり大人の姿になっていた。  思わず抱き締めた。 「シロ。シロ、会いたかった」  酒の匂いがした。  白光は抵抗しなかった。  そのままホテルに行った。  白光の望むとおりに滅茶苦茶に抱いた。  白光の身体は冷え切っていた。  抱いてもちっとも温かくならないのは相変わらずで。  白光はずっと虚空を見つめていた。  たった一秒でいいから俺を見て欲しかった。  いまこの瞬間だけでいい。  白光と一つになっているのは俺だと。  同じ世界に生きるのは無理だ。  わかってる。  わかってるんだ、そんなこと。 「なんで、龍さんが泣いてるんですか」白光が涙を拭ってくれた。  キスで。 「俺、帰るとこなくなっちゃったんでしばらく泊めてもらえません?」  そうしたいのは山々だが。 「事務所は無理だ。ホテルなら用意してやれる」 「ああ、そっか。それ」白光が俺の左手の薬指に気づいた。もっと早くから気づいていたのかもしれないが。「ごめんなさい、わがまま言って」  冷たい白光を抱き締める。  白光も背中に腕を回してくれた。 「俺、幸せになったんすよ。嘘みたいないこと起こって。優しい警察官の人たちが、俺たち兄弟をまとめて里子に迎えてくれて。あったかい家とあったかい食事があって。俺はカネなんか稼がなくてよくって。大学にも行けてるんです。嬉しくて、毎日楽しくて、それで」  白光が泣きそうだったので背中をさすった。 「幸せなんです、俺。なのに、兄貴にひどいこと言っちゃって。当てこすりです。兄貴ばっか、兄弟ばっかまともに戻って。俺はいまだにまともに女とも付き合えないのに。兄貴は彼女作って。妹は好きな男子ができたとか言うし。なんで。なんで俺だけ」  塞がりきっていない傷の上に、どれだけ痛みを緩和する薬を塗っても、傷は根治しない。  その薬があまりに強力だったのだろう。  傷は治らないまま、痛みだけ忘れさせられて。  白光に、俺の顔を見るだけの距離を与える。 「シロ、もう一回だけ言う。俺の傍に来い」 「はい、て言いたいです」 「それが聞けただけで満足だ」もう一度抱き締める。  強く、強く。  壊れないギリギリを。 「幸せになってくれ、シロ」  俺がいない世界で。  俺がいては駄目だ。  俺がいない世界でこそお前は輝ける。 「ありがとう。もう一度会ってくれて」  白光がまた泣き出したので、泣き已むまで、嫌がられるまで抱き締めていた。  少しでも俺の熱が白光を温めてくれたら嬉しい。  ちょっとだけうとうとしている隙に、白光が俺の背中に向けて写真を撮っていた。  何に使うのかは知らない。  龍の刺青が珍しかったので記念に撮影しただけなのかもしれない。ただの観光スポットのように。  だから知らないふりをしていた。 「龍さん、俺、帰ります」白光が服を着ながら言う。  23時半。 「それがいい」 「もう会えないと思います」 「だろうな」 「本当、いままでありがとうございました」  あんまり別れがたいことを言わないでほしい。  さっといなくなってくれたらそれでいいのに。 「ああ、これ」いつも渡していた紙幣。 「ああ、そうすね。これこれ。忘れてた」白光は表情を歪めてまで無理に受け取ってくれた。  受け取らないと、俺たちの関係はそうゆう関係だということにならない。  俺がカネを渡す。  それを引き換えに、白光が身体を売っただけ。  たったそれだけの関係なのだから。  一緒にホテルを出て、白光が自宅へ走って行く後姿を見送った。  もうすぐ年が変わる。 「なに、あの男」  すぐ後ろから声がした。  背中に金属が当たっているのがわかる。 「ねえ、なに、あの男」  地獄を這うような乾いた声だったが、  妻だ。  妻ということになっている女。  大晦日の夜に急に事務所を飛び出した俺を追ってきた。 「昔世話をした子だ。もう無関係だよ」 「じゃあどうしてホテルから出てくるの?」 「行くところがないと言うから匿っていた」 「じゃあなんで帰したの?」 「帰りたいと言ったから」 「矛盾してない? 帰りたくないから一緒にいたんでしょ? ああ、フラれたってこと。ざまあみなさい」  怒っては駄目だ。  事実なんだから。 「このあとは私と一緒にいてくれる?」 「君が望むなら」  正面を向いた。  銃口が俺を捉えている。 「あなたを殺してあの男も殺すわ」妻の顔はひどく歪んでいた。  化け物のようだった。  薄暗い外灯が余計に不気味さを際立たせていた。  視線誘導して銃を奪って気を失わせた。  駄目だ。  処分しないと。  女を担いでホテルに戻る。  先ほどとは違う部屋を選んだ。  あの部屋には白光の痕跡が残っている。  銃は目立つので、布団の端を破いた紐で首を絞めた。  苦しがっていたが女はすぐに落ちた。  防犯カメラにばっちり映っているのもわかっている。  俺はこっちの世界のニンゲンだ。  白光とは違う。  110番もした。  あとは、  迎えに来てくれるのを待つだけ。  あと数分で年が明ける。  あけましておめでとう。  白光に言いたかった。      3  新年。  1月1日。  俺が昨日夜遊びして帰ったのに、みんなはいつもどおり接してくれた。  それが逆にむずがゆい。  朝のニュース。  特に面白そうじゃなかったのでチャンネルを変えようとしたら、  警察官をしている里親さんに阻止された。  正月くらい仕事を忘れたらいいのに。  兄貴は別の家に一人暮らししてるからいないけど、  俺、弟、妹、里親夫婦で正月の挨拶をした。  新年あけましておめでとうございます。  今年もどうぞよろしくお願いします。  そして、里親さん特製のお雑煮を食べた。  妹監修なので懐かしい味がした。  おせちもつまみつつ。  今日の予定の確認。  神社へ初詣に行く。  もちろん兄貴も一緒に。現地集合で連絡済み。  里親さんが朝のニュースをチェックしている。  正月から市内で殺人事件があったらしい。  何とも物騒な。  こんなめでたい日に。  そんなことしなくても。 「――市内のホテルで、身元不明の女性が殺されている事件がありました。紐のようなもので首を絞められており、警察は、自分がやったと自ら110番通報した、白﨑(シラサキ)組幹部、白﨑(シラサキ)龍輝(りゅうき)容疑者を殺人容疑で逮捕しまし――」  俺は観てなかったけど、里親さんがテレビを消した。  今日は晴れ。  寒いけど、お出掛け日和。  龍さんも初詣に行くのかな?

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