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6)金色の記憶 〈4〉

 和都が近くの本棚をうろうろと見て回る横で、仁科は神社明細帳をひたすら捲る。地名が現在のものと少し違うので、ある程度は絞れるものの、目的の場所までなかなか辿りつかない。が、明細帳の半分にきた辺りで、現在の狛杜(こまもり)高校周辺の地名が出てきた。  さらに捲ると、看板があった箇所に書かれていた神社の名前を見つける。その『氏子総代』欄には、どこか見覚えのある名字。 「……ん?」  仁科は眉を(ひそ)めつつ、そのままページを捲っていった。  そうして数ページ捲ったところで、探していた文字にたどり着く。 「……あった」  ページの右端に書かれた『白狛(しろこま)神社』の文字。  そしてその下の神職名に書かれていた名前に、仁科は息を飲んだ。 「……安曇、真之介(しんのすけ)」 「あ、先生、白狛神社あった?」 「うん、あった。あったけど、うーん……」  本を数冊抱えて戻って来た和都に問われ、仁科はページを見つめたまま腕組みをして答えると、何やら深く考え込み始めてしまった。  その横で、和都は持ってきていた大学ノートに、明細帳に書かれてた内容を一通り書き写していく。 「どうしたの先生、さっきから唸ってるけど」 「ちょっとね。……メモった?」 「うん。この明細帳が出来た頃には、まだあったってことだね」 「そうなるな……」  仁科の表情がどうにも浮かない。  不思議に思っていると、仁科の視線が和都の広げているノートの上で止まる。  ちょうど看板の設置された神社の、その移動先について書いてあるページだった。 「……これって?」 「え? ああ、看板のあった神社跡地の神社は、隣の県の『安曇神社』ってとこに移されたらしいです」 「そうか……」  仁科がまた何やら真剣な顔で深く考え込み始めてしまう。  どうしようか悩んだが、和都はとりあえず聞いてみよう、と思い口を開いた。 「あの、先生が知ってたら教えて欲しいんですけど」 「ん? なに?」 「神社を神社に引っ越すって、できるんですか? 大きい神社に移動したっていうのが、ちょっとよく分かんなくて」  和都は山から移動したという神社についてまとめたページを広げる。  当初ハクが『神様が連れていかれた』と言っていたので、和都はてっきり、どこか違う場所に新しい神社が建てられたのだと思っていた。しかし、キヌエの話では、狛山にあった神社は安曇神社に移動したという。神社はそこにいるものを祀っているという印象があるので、どうしても引っ越すというイメージに結びつかなかった。 「あぁ、大きい神社ってのは、色んな場所の小さな神社の管理もしてたりするんだ。宮司が常駐してない神社も結構あるでしょ?」 「うん、人の居ない神社は見たことある」 「そういう神社が、地域で管理が出来なくなったり、どうしても移動が必要ってなったら、『合祀(ごうし)』っていって大きい神社の敷地内で一緒にお祀りするんだよ。大きい神社の境内に、たまに小さな社があったりするでしょ。あーいうのがそう」  仁科にそう言われるが、和都はやはりピンとこない。 「……あんまり大きい神社って、行ったことなくて」 「あれ、そうなの? まぁそうやって神社を引っ越すことはあるよ」 「なるほどぉ」  言われた内容を和都は大学ノートにまとめていく。ちょっとした探し物をまとめるはずだったのが、なんだか日本史の授業ノートのようになってきてしまった。 「しかし、看板のあったとこが安曇神社に移動済みってことは、白狛神社も安曇神社に移動した可能性が高そうだなぁ」 「そうですね。白狛神社の宮司さんも『安曇』だったし」 「隣の県だけど、この辺で一番大きいしな」  仁科はそう言うと、先ほどまで熱心に見ていた神社明細帳を閉じて立ち上がる。 「俺は安曇神社の記録とかないか探してみるよ。お前は伝承のほう調べといて」 「……うん、わかった」  本棚の列の先へ消えていく仁科を見送って、和都は改めて積み上げた伝承や歴史などの資料を手当たり次第に捲っていった。ハクの記憶では、白狛神社は『鬼を退治して封印した』神社らしいので、神社名ではなく内容から絞っていく作戦である。 「やっぱないなぁ」  一通り見ていくが、似たり寄ったりの話はあれど、どれも違う神社ばかり。  分厚い本をいくつか積み上げながら、ふと仁科に言われたのを思い出し、個人寄贈の本にも手を伸ばす。手に取ったのは、狛杜高校を含む市内の全域と広範囲だが、口伝えでのみ残されている伝承を個人がまとめたという変わった冊子だ。発刊は五十年ほど前と記されている。  目次を指でなぞりながら目を通していると、ちょうど鬼にまつわるタイトルを見つけて開き、あっ、と声を上げた。  田畑ヲ守リ、周辺ノ災厄ヲ食ラウ真神アリ。  シカシ乱心ノ末、人を食ラウコト鬼神ノ如シ。  後ニ退治サレ、白狛神社(現在廃社)ニコレヲ祀ツル。 「……あったぁ」  わずか数行ではあるが、ようやく『白狛神社』と書かれた本に行き当たり、和都はほっと胸を撫で下ろす。そこにちょうど、仁科も閲覧用のテーブルに戻ってきた。 「お、見つかった?」 「うん! ……真神って、なんだろう?」 「あー、オオカミのことだよ」 「へえー!」  和都は感心しながら、本の内容をノートに書き写していく。その隣で仁科が本の表紙や奥付を捲って、著者名や発刊日を確認していた。 「なるほど、口伝しかされてない伝承の本か。そら見つからんわけだね」 「これが書かれた時点で廃社ってなってるから、それ以前の資料を見ればいいのかな?」 「でも口伝でこれしか残ってないなら、ないんじゃねーかな」 「そっか。この本書いた人が個人的に集めただけだからないかぁ……」  和都も困ったなぁという顔で腕組みをする。確かに古い神社ではあるが、ここまで言い伝えが見つからないものだろうか。  ふと、そういえば仁科のほうはどうだったのだろう、と和都はそちらを見る。 「あ、安曇神社の資料ってありました?」 「いんや。隣の県の神社なせいか、たいしたのは置いてなかったわ」 「そっかぁ……」  ここにきて、手詰まりだ。  和都はこれまでのことをまとめた大学ノートに視線を落とす。  確かに『白狛神社』はあの山中にあったようだが、わずかな伝承と安曇神社に移動したかもしれないという、中途半端な情報しか得られなかった。これでは鬼を倒したり、封じる方法には辿り着きそうもない。 「やっぱり、地道にチカラを増やすしかないのかなぁ」  そうして大きなチカラを得て実体化したハクに、鬼を食ってもらうしかないのかもしれない。  どうしたものかと考えていると、仁科が困ったような呆れたような、なんとも言えない顔をしていた。 「……何その顔」 「いや、もしかしたら白狛神社の行方、分かったかもしれない、と思って」 「えっ!!」  思わず大きな声を出してしまい、和都は慌てて自分の手で口を塞ぐ。 「……どういうこと?」  極端な小声で仁科に問うが、やはり少し歯切れが悪い。 「確証はないけど。でも多分、安曇神社にあると、思う」  そう言いつつ仁科が時計に視線を向けたので、和都もつられて時計を見た。調べるのに夢中になっていたからか、気付けば閉館の時間が迫っている。二階から見える吹き抜けの先の、窓の外は綺麗な夕焼け空だ。 「そろそろ戻らないとな。お前ん家、今日は門限とかあるの?」 「あー、ないない。……てか今日も両親、家にいないしね」 「……お前のご両親は、ちゃんと実在してる人間だよな?」  持ち出した本を二人で手分けして書架に戻しながら、仁科は不審がるように言う。平日だけでなく、休日も殆ど家におらず、仕事をしているいうのは妙な話だ。 「してますよ。……出張とかが多い仕事だから、仕方ないんです」 「あっそう」  和都の言葉に、時間の制約がないのなら、と仁科は思い立って。 「んー……まだ平気なら、俺ん家行くか」 「え、なんで?」 「神社探しの続き、だよ」 「は?」 「ほら、行くぞ」  本を戻し終え、仁科に言われるまま図書館を後にした。  仁科の住んでいるマンションは図書館から比較的近いそうで、数分もあれば着く距離にあるらしい。  しかし図書館を出てすぐの辺りで車が渋滞しているようで、進まなくなってしまった。 「……あれ。普段混まないんだけどな」 「なんか先の方に赤いランプ見えるよ」  和都が連なる車の先頭のほうを見てみると、数台先の車の向こう側で、チカチカと目に痛い、赤い光がチラついている。 「事故でもあったかね」  そうであれば、暫く待てば多分動き出すはずだ。  なんとなく手持ち無沙汰な時間。 「……煙草吸っていい?」  そう言いながら、仁科が不意にどこからか煙草の箱とライターを取り出し、運転席側の窓を開けた。 「あ、うん。……先生、煙草吸うんだね」  仁科が手慣れた様子で煙草を一本咥え、火を付ける。 「学校の日とか平日は吸わないよ。休みの日に少しだけね」 「ふーん。なんで?」 「保健室の先生が煙草くさいと嫌でしょ」 「たしかに」  車内にふわりと、煙草の燻った香りだけが微かに漂った。  久しぶりに嗅いだ煙の香りが、なんだか心地よくて懐かしくて、妙に落ち着く。  その理由に、今の両親は煙草を吸わないのだった、と思い至って和都は小さく苦笑する。 「……父さんはしょっちゅう吸ってたな。禁煙頑張ったりしてたけど、結局ダメだった」  怖くても安心できた頃の記憶と、繋がる匂い。 「ふーん。一回吸うと止まらなくなる人多いけど、俺は吸わなきゃ吸わないで平気なタイプだからねぇ」 「へぇ」  何でもない話をしていたら、不意に前の車が動き出し始めた。  どうやら向かう先が通行できるようになったらしい。 「お。動いたな」  仁科は煙草を灰皿に押し付けるようにして火を消すと、車を発進させた。

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