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12)遠雷の行方〈2〉

 そんな話をしているうちに、車は線路の向こう側の道路に入り、山の麓にある隣駅、狛山駅前へと到着する。  駅前のタクシーなどが止まるロータリー付近に、ビニール袋を持った小坂が立っているのが見えた。 「あ、小坂いた」 「おっすー」  和都が座っている位置を少し真ん中よりに詰めると、小坂が後部座席に乗り込んでくる。  それから、持っていた袋からジュースやコーヒーなどを取り出して見せた。 「これ、ばーちゃんから貰ったから、飲んでよ」 「あら、お気遣い頂いて」  受け取ったコーヒーを飲みながら、仁科は車を山の低い位置を回る道へ向かわせる。 「んじゃ先に、白狛神社じゃなかったほうの跡地からな」 「はーい」  後部座席で真ん中になった和都が、地図とノートを広げながら返事をする。 「そこは名前とか分かってるんだっけ?」 「うん、安曇神社のサイトにも名前が載ってた」 「なーんか、そこも安曇の土地らしいんだよねぇ」 「げぇ、安曇家どんだけ土地持ってんの」 「そこの山全体が、もともと安曇のもんだったんだって。線路通すのとか山頂の開発とかで、一部以外は譲ったんだとさ」  線路近くの神社跡地と、徒歩で移動が必要な跡地の二箇所を巡り、それぞれの様子を写真に収めていく。 「写真があると、色々調査しましたって感じ出るよな」  提出するレポートは史跡調査をした、という体で作る予定なので、跡地の看板もしっかり写真を撮った。 「じゃー、本命行きますか」  車で山の一番高い位置を通る坂道を上がると、カーブの膨らんだ先に小さくできた駐車場のような空き地が見えてくる。そこに車を駐めると、坂の上からも下からも見えにくい位置にある通路を、雑草をかき分けて入っていった。  石段が崩れ、なだらかな登り坂になってしまっている通路。それを見た小坂が、やっぱり、と口を開く。 「ここ、小学生の時にたまに遊びに来てたわ」 「え、こんな坂の上の方まで上がってきてたの?」 「うん、チャリで」  そこまで急勾配ではないし高くもない山だが、小学生が遊びに来るには麓から少し距離があるような気がする。小坂の小学生時代のパワフルさに感心しながら、五人は登り坂を上がった。  登りきった先には、ぽっかりと開けた空間。雑木林の壁と、雑草と砂利だけの広い空き地は前回来た時とさして変わらない。少しばかり緑色が濃くなったくらいだろうか。  参道だったと思われる場所の、まっすぐ伸びた先には黒く焦げた倒木が変わらずに横たわっていた。 「へー、ここが白狛神社の跡地ねぇ」 「ただの空き地っぽいな」 「看板とかもないからね」  木々に囲まれて日陰になっているせいか、車を駐めた場所よりもいくらか涼しい。倒木以外は何もなく、何も知らなければ、ただの空き地にしか見えない場所だ。 「おれらが遊びに来てた時は、入り口の草とかも刈ってあったから、わりと簡単に入れたんだよな」  懐かしそうに周囲を見渡しながら、小坂が言った。 「そういや小坂のおばあさんが、毎週お世話に行ってたお爺さんがいたって言ってたな」 「あ、そうだったね。そのお爺さんが出入り口の草とか刈ってたのかな。それなら小学生でも入れるのか」  一緒に話を聞いた菅原が思い出したように言うので、和都もなるほどと納得する。もし、そのお爺さんが今も生きていたら、この倒木については早々に騒ぎになっていたかもしれない。 「小坂はここにあった祠とかも、覚えてたりする?」  和都が倒木のほうを指差すと、小坂はあー、と腕組みしながら頭を捻った。 「祠っていうか、小さい人形の家って感じのがあったような……。だから、そっちにはボール投げないようにはしてたな」 「こんなとこでボール遊びしてたの……」  やはりここでもバスケをしていたのだろうか、と和都は幼い頃の小坂に思いを馳せる。 「とりあえず、この倒木はなんとかしないとなぁ、危ないし」  仁科は敷地内を一通り写真に撮っていき、倒木のある辺りは念入りに写真に収めていた。 「元々は何の神社だった、とかくらいは分かってんのか?」  春日に聞かれ、和都は持ってきたノートを捲る。 「えーと、田畑を守ってたオオカミが人を食べる鬼神になっちゃって、それを退治して祀った、らしいよ」 「オオカミ信仰的なやつかな」 「悪い奴も祀ると神様になるもんなの?」 「どうだろう?」  小坂に言われ、和都も一緒に首を傾げた。 「それ以上悪いことが起きないようにって、祀って鎮めたりするんだよ」  写真を撮り終わったらしい仁科が、説明しながら戻ってきたので、へー、と和都と小坂の二人で感心する。 「あとは神様の良い面と悪い面を、わけて祀ったりとかもするね」 「神様の扱いって自由なんだな、粘土かよ」 「白狛神社の場合は、オオカミが田畑を守ってくれてたから、その辺りのご利益かもね」 「あー、五穀豊穣、とか?」  山の周辺、特に駅から遠くなる辺りには田畑が広がっているので、その地域のためのご利益としてはあり得そうな話だ。 「でも、なーんで人を食べちゃったんだろうな」 「じゃあその祠って、その人間を食っちまったって部分を封じてたとか?」 「分かんない。ハクは『鬼』が出てくるから開けちゃいけない祠だった、て言ってた。色々探したけど、口伝でその話があるだけだから」 「そっかー」  白狛神社が結局どういう神社だったのか、まだ概要すら掴めていないが、ここには確実に神社があった。どんな場所で、どんな理由で移動されてしまったのか、それはまだ分からない。  和都は倒木の近くまで行くと、かつて拝殿のあったであろう近くをじっと見つめた。 「どうした?」  そこから動かない和都に、春日が気付いて近寄る。 「……ここで、人が死んだんだ」 「なんか、視えるのか?」 「ううん。バクの時の記憶を夢で見るの。それで、ここが真っ赤になってて……」  バクの慕っていた人間が死んだ。  思い出すだけで、嗅いでいないはずの血の匂いを思い出して、目眩がする。そのくらい、バクは酷い衝撃を受けていた。 「人が死んだ神社、か。それが無くなった理由だったりするのかもな」 「……まだわかんないけど、そんな気がする」  春日が地面を見つめて考え込むのを、和都はなんだか不思議な感じがしてジッと見つめる。それに気付いたのか、春日が視線をこちらに向けた。 「……なんだ?」 「いや、こういう話、信じないと思ってたからさ」 「今更それ言うのか」 「うん、だから、なんか変な感じだなぁ〜って」  少し前まで、怖くて打ち明けられなかったことなのに、視えていない春日と、視えない世界の話を当たり前のように出来ているのが、やっぱり不思議で堪らない。 「まぁ俺は、自分が信じたいと思うことを信じるだけだ。だから、俺はお前が言うことを信じるよ」 「……そっか」  不意に、晴れていたと思った空が、ゆっくりと影を射し始めた。  まだ昼だというのに辺りは少し薄暗くなり、遠くの方で小さくゴロゴロと唸るような音が聞こえる。 「なーんか雲行き怪しくなってきたな」 「この音、雷か?」 「ひと雨きそうだねぇ、車に戻ろうか」  仁科に促されるように空き地から出て、駐めてあった車に乗り込んでいると、小坂が、あ、と声を上げた。 「雷で思い出したんだけどさ」 「なに?」 「今年の春くらいに、大雨あったじゃん」 「あーあったね」 「あん時、山の方に結構落ちてたんだよね。それで木が倒れたんじゃねーかなって」  言われて四人もそういえば、と思い出す。  卒業式が終わり、春休みがもうすぐという時期に、まるで台風の時のような大雨の降った日があった。 「春の大雨、三月の半ばか終わりくらいじゃなかったっけ?」 「あー、そう考えると、タイミング的にもピッタリだな」 『鬼』に憑かれた川野と堂島。  もしその大雨の時に祠が崩れ、封印が解けていたのであれば、川野と堂島が新任教師としてこの街にやってくる時期とも重なる。  鬼は悪霊と違い、知能も高く、人を食うために思考することが出来るそうだ。封印から飛び出した鬼たちは、取り憑くのにちょうどいい人間がやってくるのを、待っていたのかもしれない。 「時間もちょうどいいし、昼飯ついでにファミレスでも行きますかね」  話が一段落したところで、車は山の反対側へ降り、市街地へと向かった。

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