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22)大神顕現〈2〉

◇  ──ああ、迂闊(うかつ)だったなぁ。  打ち付けた背中も痛いが、腕の痛みがズキズキと疼いて酷い。 「菅原、菅原!」  叫ぶような呼び声に、(すんで)の所で抱きかかえて庇った和都が無傷らしいと分かり、菅原は少し安堵した。 「んー、へーき。相模は、無事か?」 「……うん」  こうなったキッカケは、少し前に遡る。  太陽が傾き始め、少し白っぽくなり始めた青空の下。川野の件で呼び出された春日と小坂を待つために、和都と二人、放課後の人気のない屋上にやってきた。  菅原としては、戻ってきた二人と鬼に関する話もするなら、ハクが出てきても問題のない、人のいない場所がいいだろうと思ってのこと。  しかし、これが裏目に出た。  どのくらいで戻るだろうか、という話を二人でしていたら、巨大化したハクが姿を現したのだ。 〔あれぇ? ユースケとコサカはまだお話中?〕 「うん、川野先生のことで……」 〔そっかぁ〕  和都の返答に、ハクがうーんとお尻を上げるような体勢で伸びをする。  その姿を見ていた菅原が気付いた。 「あれ? ハクお前、尻尾が」 〔ん? あ、本当だ!〕  二股に分かれた、大きくて立派な尻尾がふさふさと揺れる。 「じゃあもしかして、ハクはそれで実体化完了?」 〔そうなるね!〕 「そっか!」  和都が嬉しそうにハクに近寄ろうとすると、横に立っていた菅原が肩を掴んで止めた。 「ん、なに?」 〔どーしたの? スガワラ〕  一人は不思議そうに、もう一匹はどこか楽しげに聞く。 「……実体化が完了したら、お前は相模をどうするつもりだ?」 〔どうって、自由にしてあげるんだよ?〕  ハクが何を分かりきったことを、と言わんばかりに困った顔をした。 「そ、そうだよ菅原。ハクが実体化できたら、おれを狙ってる『鬼』を食べてもらえるんだよ」  和都が菅原の手を振り払い、ハクを背に庇うようにして言う。 「『狛犬の目』のチカラはだいぶ制御されてきたし、鬼を食べてもらった後も、ハクはこれからもずっとおれを守ってくれて、大丈夫にしてくれるって。だから……」 「どうやって?」 「それは……」  珍しく眉を(ひそ)め、怪訝な顔の菅原に訊かれ、和都は困惑した顔で何も言えなくなった。 〔そりゃあもちろん、ボクと一緒になって、だよ!〕 「……え?」  ハッと気付いて振り返った時には、ハクの大きな前足がこちらに向かって勢いよく伸びてくるところ。 「相模!」  菅原が叫んで、和都を抱きかかえながら後ろに飛んだ。  空振ったハクの前足は、勢いのまま屋上の金網にぶつかり、轟音を立てる。大きな爪に突き破られた金網の一画は、ひしゃげた金属の塊となり、大きな音を立てて地上へ落下していった。  なんとか庇った和都は無傷のようで、菅原の名前を何度も呼びかける。  前足の爪が掠ったらしい腕に、真っ赤な血が滲んで痛い。 「菅原、相模! 大丈夫か?!」  大声と共に屋上の西階段側のドアが開き、小坂が飛び込んできた。  上がってくる途中で大きな音を聞いたらしく、勢いそのままに駆け上がってきたようだ。  金網の一部は壊れ、和都と菅原は座り込んでいる。二人の視線の先には、屋上の半分を占めるほどに巨大なサイズの、真っ白いオオカミがいた。  首に赤白の捻り紐を結び、尖った耳と大きな口と鼻。前足、胴体、後ろ足、そして、お尻の先には大きく二股に分かれた尻尾を生やした、完全体になったハクだ。 「ハク、どうして?!」  菅原が傷を負ったものの無事と見て、和都はハクのほうを向いて叫ぶ。 〔言ったでしょ? 自由にしてあげるって!〕 「……え?」 〔ボクがカズトを食べちゃえばさ、カズトはニンゲンを辞められるんだよ〕 「なに、を……」 〔そうしたら、ボクとバクと三人で、ずーっと一緒にいられるでしょ!〕  ただただ無邪気に、楽しそうにハクが言った。 「お前、お友達を食べちゃダメッて、おかーさんに教わらなかったのか?」  身体を起こした菅原が、赤い血の流れる腕を反対の手で押さえながら、いつものような調子で困った顔をする。 〔えー、なにそれ。ボクは神様だから、頑張ってくれたカズトのお願いを叶えてあげるだけだよ。邪魔しないでよ、スガワラ〕  ハクが再び前足を振り上げた。  まるで子猫が、小さなおもちゃをなぶって遊ぶかのようだ。 「……こんの!」  ハクの巨大さに圧倒されていた小坂が我に返り、普段から持っているバスケットボールを、ハクの鼻めがけて思い切り投げつける。  ボールは見事大きな鼻先に当たり、きゃあ、とハクが小さく悲鳴を上げた。 「ハク、何してんだ!」  前足で鼻を押さえながら、ハクはふわりと空中に浮かんでしまう。 〔いったぁい! ひどいよコサカァ〕 「ひでーことしてんのはどっちだ!」  跳ねたボールを捕まえ、小坂は座り込んだままの菅原と和都の元に駆け寄った。  宙に浮かんだ白いオオカミは、こちらを見下ろしながら、はぁ、と困ったようにため息をつく。 〔まぁまぁいいよ。ボクは神様だからね。カズトの別のお願いを先に叶えてくるよ〕 「別の、お願い……?」 〔そ。ほら『鬼』を食べることだよ! 一匹はもう片付けてあるから、もう一匹のほうも食べておくね!〕  和都を狙っていた鬼は二人。そのうちの一人は行方不明だ。 「お前、まさか……」  ハクの言う『もう片付けた』という言葉の意味に、和都はゾッとする。  行方の知れない川野は、どうやらすでにハクに喰われてしまった後らしい。  こちらの反応などよそに、ハクは空中をくるくると旋回しながら、無邪気に話し続けていた。 〔あぁでもそうだよねぇ、そうだよねぇ。ボクらと一緒なっちゃったら、カズトはスガワラ達とお話できるのも、最後になっちゃうもんねぇ〕  神様と一緒になる。  それがどういうことを意味するのか、和都はようやく理解した。  そしてどうやら、ハクたちとその価値観は、まるで違うらしい。 〔ボクは優しいからね。ちゃんとお別れとかする時間をあげるよ。んで大丈夫になったら、そうだなー、あの神社の跡地に来てもらおうかな!〕  そう言いながら、ハクの前足が屋上からも見える狛山の方を示す。 〔あんまり遅いと寂しいから、できたら早めに来て欲しいかも! じゃあ、待ってるからね!〕  ハクは楽しそうにそんな言葉を残し、そのままスゥッと空に溶けるように姿を消してしまった。 「待ってるって、そんな……」  空中を見つめたまま、和都は青い顔で呟く。  そのタイミングで、東階段側の屋上扉が勢いよく開いた。 「大丈夫か!」  春日と仁科が、放心状態で座り込んでいる和都と菅原の元へ駆け寄る。 「ケガは?」 「おれは平気。菅原が、腕を……」  青い顔のまま和都がなんとか答えると、春日が菅原に肩を貸す。 「とりあえず、保健室に」  仁科に促され、全員で屋上を後にした。

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