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第6話

「なんて忌々しい······!!」 ローザンヌは怒り心頭だった。 昨日の王家主催のお茶会は、息子であるシャルワールと、婚約者候補である令嬢達との顔合わせの場でもあった。 それを第一王子に台無しにされたのだ。 普段から第一王子と良好な関係とは言えないが、表向きは取り繕っているローザンヌが人目もはばからずに怒鳴り散らすとは相当だ。 「母上、落ち着いて下さい」 朝から荒れている、とローザンヌの侍女から聞かされてはいたが、まさかここまで怒り狂っているとは思わなかった。 「貴方は悔しくないのですか、シャルワール!」 確かに、あの場にいた時は兄の愚行に怒りがあった。 しかし、参加したくもない茶会が有耶無耶になり、内心ホッとしている自分がいる。 碌に顔を合わせたこともない令嬢と何を話せばいいのかわからないし、甘いお菓子も、むせる様な香水の匂いも何もかも嫌だった。 それに──。 「······茶会の菓子に、毒が盛られていたと聞きました」 シャルワールから奪ってアルフォルトが食べた焼き菓子に、どうやら毒が盛られていたらしい。アルフォルトは一命を取り留め、今は安静にしていると宰相から聞いた。 そのお菓子は城の厨房で作られたものでは無く、何処から持ち込まれたのかもわからないという。城の警備体制に問題があるとされ、早急に見直しがされていた。そのためか、昨日から城の空気がピリピリしている。 「ふん、非常識に振舞って毒に倒れたなら自業自得です。いい気味だわ」 ローザンヌは片眉を釣り上げて吐き捨てるように言った。 「誰が、毒を盛ったのでしょう······」 「そんな事どうでも良いわ。あぁ、どうせならそのまま消えて下されば良かったのに」 ──そんな事。 ローザンヌにとっては些末な事なのだろう。 誰が何の為に毒を盛った、なんて考えもしない。 お茶会を台無しにされた。台無しにした張本人が苦しんでいる。 この2つの事実に囚われて、他の事に考えが及ばないのだろう。 息子の命が狙われた事よりも、体面を気にする。ローザンヌはプライドの塊のような人だ。 息子を溺愛してる、と噂されるが、あくまでもそれは表面上の事だった。 (心配もしてくれないんだ、この人は) シャルワールは、モヤモヤとした胸の内をさらけ出せる訳もなく、適当に相槌を打つとローザンヌの部屋を後にした。 自室に戻る廊下を、シャルワールはぼんやりと歩いていた。 途中すれ違う家臣は、立ち止まりお辞儀をしてシャルワールが通り過ぎるのを待つ。それらを横目で見ながら、この中に自分を殺したい人間いるのかもしれないと思うと怖くなり、急ぎ足になる。 自分の為のお茶会で毒が盛られたという事は、誰かが明確な殺意を自分に持っているという事だ。 それが誰で、何故自分を殺したいのか。 何もわからず、漠然とした不安だけが残る。 ローザンヌはシャルワールを溺愛しているが、命の危機、と言った事に疎い。政治に関心は無く、綺麗に着飾り人に(かしず)かれるのがなによりも幸せだと考える人だ。守ってくれる存在ではない事ぐらい、理解していたつもりだった。 父であるベラディオは心配してくれたが、王という立場上いつでも守ってくれる訳では無い。ただ、少しでも憂いを払えるように、と対策を講じ近衛騎士を多目に派遣してくれているだけでも有難いと思わなければ。 (自分の身ぐらい、自分で守れないと) あと半年もすれば成人するというのに、人に守って貰うばかりではいけない。 おもわず震えそうになる手を叱咤し、シャルワールは自室のドアを開けた。 己の未熟さと漠然とした不安に押しつぶされそうで、ドアがやけに重く感じた。 ♢♢♢ お茶会を台無しにした罰と療養を兼ねて、アルフォルトは一週間離宮で謹慎になった。 元々毒に耐性があるので、周りが危惧する程身体にダメージはない。念の為、医師の診察も受けたが異常はなく、至って健康だった。 せっかく離宮にいるのだから人目を気にせず、ライノアと剣の手合わせが出来るとワクワクしていたアルフォルトは、ライノアの手でベッドに押し込まれていた。 ほとんど人が来ることはないが、万が一離宮の近くを誰かが通った時、剣戟の音が聞こえたらさすがに怪しまれる。 病弱設定を通しているのであまり活発に動き回るのは良くない、とライノアに怒られた。正直、病弱なら毒に耐えられないのでは?と思われそうだが、悪運が強かったと思わせておけばいい。 勢いとゴリ押しは時として有効だとアルフォルトは思う。 なによりも今、城はそれどころでは無い。 第二王子に明確な殺意を持った何者かが城に入り込み、犯人はまだ捕まっていないという不祥事に、城の近衛騎士や衛兵の警備体制の見直しが行われていた。 要は、うつけ者の第一王子に人員をさけないので、何かしでかさないように離宮で謹慎という建前で厄介払いをされた訳だ。 「結局犯人はわからないままなのよね?」 アルフォルトが食べ終えた夕食の片付けをしながら、メリアンヌはため息を吐いた。 離宮にはシェフも給仕もいないので、メリアンヌを筆頭に、メイド達が料理をしてくれている。 なんなら、掃除洗濯料理護衛全てを一人でこなせる。実に有能な侍女(男)だ。 美少女のような顔と引き締まった身体がちぐはぐて、見ていると脳みそがバグるのが難点だが。 「犯人不在だと示しが付かないからとりあえず仮の犯人は用意したよ。······死体だけど。明日使うらしいから適当に持って行ってと宰相には伝えてある」 体裁を取り繕うのも王族の務めだ。 「その死体ってまさか」 メリアンヌが、心底嫌そうに顔を顰めた。 「この間の服毒自殺した給仕だよ······使えるものは使わないと」 「結構日にち経ったわよね。腐ってない?」 「念の為牢屋の管理人が防腐処理して保管してたようなので大丈夫です」 ライノアが紅茶を運んで来て答えた。 メリアンヌと分担して王子の世話をしているライノアも、基本的になんでも出来る。 侍女をはじめ、側近が数える程しかいないアルフォルトだが、不自由に思った事はない。 何より、アルフォルトの離宮のメイド達は優秀だ。城に比べると数は少ないが、一人一人が何でもできるよう教育されている。 少数精鋭。人数の多さよりも質が大事だと、アルフォルトは常々考えている。 それに、自分でできる事は極力自分でやるのがアルフォルトのポリシーだ。 ライノアが淹れた紅茶を受け取り、アルフォルトは香りを楽しむ。 「政治的な事は専門の人間に任せるのが一番ですからね」 どのように収拾をつけるのかは宰相達に一任しているのでわからないが、悪いようにはならないだろう。 「敵も、警戒してますよって派手にアピールしてるから、対策を練られた事を考慮して今後毒殺は諦めると思う」 現に、二回とも阻止している。敵が理性的であれば、次の一手を講じるだろう。 「ただ、次がどんな手を──」 アルフォルトの言葉を遮るように、部屋の隅に置かれた装置のベルが鳴った。 「誰か来ましたね」 ライノアが慣れた手つきでアルフォルトに仮面を着けてカツラを被せた。 この離宮に予告もなく人が来る事はほとんど無い。宰相が来る時は事前に連絡がくるが、生憎今日訪問の予定はない。 予告にない来訪は、殆どが侵入者だ。 再び装置のベルが鳴った。迷い込んだ訳では無いようで、まっすぐ離宮の入口へ向かっているようだ。 侵入者対策で、離宮の入口へと続く石畳には等間隔に細工がしてあり、誰かがその上を歩くと、室内装置のベルが鳴るようになっている。 離宮を使うようになって最初にやったのが、この侵入者対策だった。石畳の他にも、離宮を囲む森や至る所に細工が仕掛けてある。 その装置を作ったのは、アルフォルトの側近の一人だが、何やら昨日徹夜をしたとかで、今は与えられた自室で爆睡している。 「アルフォルトは念の為動かないでここに居てください。メリアンヌ、アルフォルトの護衛を。私が見て来ます」 「承知したわ。王子、紅茶でも飲んで待ってましょう」 メリアンヌは侍女という立場上率先して戦う事はないが、護衛スキルに関しては城の衛兵など足元にも及ばない。 体術を得意としていて基本的に武装しないが、服の中に暗器やら何やらを常に隠し持っている。 「気をつけてね、ライノア」 手を挙げるアルフォルトに、ライノアは微笑んで頷いた。 手早く帯剣ベルトを腰に巻き付け、ライノアは離宮の玄関ホールへと向かった。 数分もしない内に、ライノアが意外な人物を伴って戻ってきた。 「······えっ?どうしたの!?」 思わず立ち上がったアルフォルトに、来訪者は気まずそうに視線を逸らした。メリアンヌも驚いて目を見開いている。 突然の来訪者の正体は、第二王子──シャルワールだった。

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