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第50話

王城のアルフォルトの執務室を、宰相が訪れていた。 「マーヤと名乗った侵入者は、尋問の後処刑されました」 メリアンヌが入れた紅茶を飲み、オズワルドは微笑んだ。 「暗殺者なんて久しぶりですね」 「笑い事じゃないよ、本当に」 アルフォルトは不機嫌を隠そうともせず、宰相を睨んだ。 また、自分のせいで誰かの命が失われた。 その度に敵、味方関係なくアルフォルトの心は擦り減っていく。 それはアルフォルトが直接手をかけた者だったり、アルフォルトを守って死んだ者だったり。 お前のせいで死んだのだと、死者に罵られる夢を、幾度となく見てきた。 だから、アルフォルトは慈善事業に力をれる。 少しでも命を助けられるように。 罪悪感から逃れたい一心で。 それは死んだ人間に対する罪滅ぼしのようなもので、自分の浅ましさにアルフォルトはやはり苦しくなる。 「貴方は王子なんです。人の死に過敏になり過ぎては──王位は務まらない」 オズワルドは、出来の悪い教え子を諭すように、アルフォルトを見つめた。 「だから、僕は王位に就くつもりはないって」 ため息と共に吐き出した言葉に、オズワルドは苦笑いした。 「そうでしたね」 「それで?首謀者はわかったの?」 どうせいつものローザンヌ王妃の派閥だろうと、投げやりな話し方のアルフォルトに、宰相は神妙な面持ちになる。 「それが、よくわからなかったんです」 歯切れの悪いオズワルドに、アルフォルトは訝しんだ。 「口を割らなかったの?」 「いえ、そうではなく──何処のギルドにも依頼は出ていなかったようです」 「どういう事?」 アルフォルトはオズワルドを睨んだ。今日はどうしようもなく感情をコントロール出来ない。仮面を付けているとはいえ、終始ピリピリした空気を纏うアルフォルトだが、宰相は気にした様子も無く話した。 「マーヤは、どのギルドにも所属していないフリーの暗殺者だったようで、首謀者は彼女に直接依頼したようです。高額の報酬と引き換えに、貴方を殺せと」 紅茶のおかわりを貰い、オズワルドは肩を竦めた。 「フードを被っていて顔は見えなかった。でも身なりの良い金持ちで、前金も貰った、と彼女は話していました。他のギルドに探りをいれましたが、どうやら嘘ではなさそうですね」 「個人的に、僕を殺したかったって事か」 「それはわかりませんが、その可能性は高いかと」 自嘲気味に笑うアルフォルトに、オズワルドは何とも言えない顔をした。 マーヤは、とても手練の暗殺者とは思えない杜撰さだった。 アルフォルトの陣営を知っていれば、一人で乗り込んで来る事は絶対にありえない。 第一王子の暗殺は、ギルドを壊滅させる。 そう、噂されるほど、今まで完膚なきまでに暗殺者を叩きのめして来たのだ。 今ではどのギルドも嫌煙する。 アルフォルトは、ふと思い立った。 「──本当に、僕を殺すつもりで依頼したのかな」 ボソッと呟いたアルフォルトの言葉に、今度はオズワルドが眉をひそめた。 「どういう事ですか?」 「あぁ、深い意味は無い。ただ、付け焼き刃というか、間に合わせというか。彼女が失敗するのをわかった上で、送り込んだのかなって思っただけ」 苦い笑みが零れる。 そんな無駄な事をわざわざする意味が見当たらず、アルフォルトは「忘れて」と話を切り上げた。 紅茶と茶菓子をたらふく食べ、それだけでは飽き足らずオズワルドは「お茶菓子、分けて貰ってもいいですか?」と浅ましくも包んで貰い、ホクホクとした顔でソファを立った。 「ご飯ちゃんと食べなよ」 ドアの前で見送りをしながら呆れて肩を竦めると、オズワルドは眼鏡を押しあげて苦笑いする。 「いやぁ私の食事にも連日毒が混ぜられてまして。正直辟易していたので、アルフォルト様が戻ってきてくれて助かりました」 「うちは食堂じゃないのよ」 アルフォルトの後ろに控えたメリアンヌも、呆れて腰に手を当てた。一国の宰相にする態度ではないが、オズワルドは気にしていない。 二人も付き合いが長く、淡々としたやり取りだが、そこには信頼が窺える。 それよりも、とアルフォルトは思う。 城の中の物騒さに拍車が掛かっていて、不安になった。 このまま、何事もなくシャルワールの成人の儀を迎えられるのだろうか。 アルフォルトはメリアンヌに目配せをすると、仕方がないと肩を竦め、有能な侍女は裏へと向かう。 程なくして、バスケットを手にメリアンヌが戻って来た。 「お前に倒れられると、父上が困るから」 そう言ってバスケットを受け取らせる。 バスケットの中にサンドイッチが詰め込まれているのを確認し、オズワルドは破顔した。 「──ああ、アルフォルト様、流石です!なんとお優しい······愛してます!」 頬ずりしそうな勢いに、すかさずアルフォルトは間合いを取る。それを見てオズワルドは楽しそうに笑った。メリアンヌがオズワルドの銀髪を無造作に引っ張る。 「王子に懸想するなんて出禁よ出禁」 引っ張られて乱れた髪を抑え、オズワルドはズレた眼鏡を直した。 「冗談ですよ。ライノアがいたら私、殺されてしまいます」 そのライノアに仕事を押し付けて、報告とは名ばかりのティータイムを楽しんだ張本人は、しれっとしているのだから中々に食えない性格だ。 「さて、そろそろライノアを返してあげますね」 執務室から出ようとしたオズワルドは、ふと、アルフォルトを振り返る。 「貴方は本当に優しい。でも優しすぎるのは、時として人を傷付ける事もあると、覚えていおて下さい」 複雑そうなオズワルドの表情は、どういった感情なのかわからない。 「はぁ?そんな事言うならサンドイッチ返しなさいよ」 メリアンヌがすかさず目くじらをたてる。 オズワルドは逃げるように「ではまた」と手を振って部屋を後にした。 ──貴方は優しすぎる。 それは、幾度となくライノアにも言われて来た。 (わかっているよ、そんな事) モヤモヤとした気持ちに、アルフォルトは深くため息を吐いた。 アルフォルトが人に優しいのは、やはり罪悪感があるからだ。きっとそれは打算的な優しさで、浅ましく卑しい自分が心底嫌いだった。 メリアンヌが何か言おうと口を開きかけ──ライノアが戻って来たのを確認すると「午後の業務に戻りますわね」と、アルフォルトの頭を撫でた。 すれ違いざま、ライノアの肩を叩いて、メリアンヌも執務室を後にした。 「──戻りました、アルフォルト」 ライノアの声に、アルフォルトは顔を上げる。 ぐちゃぐちゃになった感情の整理が付かず無言でいると、ライノアは執務室の入口で立ったままのアルフォルトの手を引いて、ソファに座らせた。 「······僕は今、機嫌が悪い」 ソファに座ったアルフォルトの前にライノアは立つ。両手でアルフォルトの頬を包み込んで、ライノアは苦笑いした。 「見ればわかります」 淡々とした声が、耳に心地良い。 アルフォルトはライノアの腰に手を回し、その身体を抱きしめた。 鍛えられて硬く引き締まった腹部に顔を埋めていると、頭を優しく撫でられる。 何も言わない従者は、ただ傍にいる。 それが、今のアルフォルトには心地よかった。 やり場のない感情が落ち着くまで、アルフォルトはただ、ライノアを抱きしめていた。

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