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第4話 ひだまりのような部屋

 鈴木兄弟の住む一軒家に到着し、和葉(かずは)が玄関の扉を開けると、すらりとした長身の女性が奥から現れた。 「おかえり」  彼女は和葉と彩葉(いろは)に声をかけた後 「初めまして、渡辺梨花(りか)です」  と挨拶しながら智樹(ともき)の顔をまじまじと見つめ 「ふーん、ずいぶん幸薄(さちうす)そうな顔してる人だね」  と言い放った。  呆気(あっけ)に取られて言葉を失っている智樹の代わりに、彩葉がトゲのある声で梨花をなじる。 「お前、初対面の相手にそんなこと言うなよ。失礼過ぎるだろ」 「そう? 人のこと『お前』って呼ぶ彩葉の方がよっぽど失礼だと思うけど」 「はあ?」  険悪な雰囲気を(かも)し出す二人の間に、和葉が割って入る。 「二人ともやめてくれ。智樹くんが困ってるだろ。彩葉、智樹くんに使ってもらう部屋を案内してあげて。俺と梨花は向こうでお茶の用意をしとくから」  彩葉は返事もせずに靴を脱ぎ、廊下を進んで行く。 「どうぞ、智樹くんも上がって」  和葉に促され 「お邪魔します」  と言いながら靴を脱いで揃え、智樹は彩葉の後を追った。  階段を上がると扉が三つあり、そのうちの一つを開けながら彩葉が振り返る。 「ここだよ。どうぞ入って」  言われるままに部屋の中へ足を踏み入れると、(ほこり)っぽい匂いがした。  彩葉は窓を開け、壁際に置かれたベッドに腰を下ろした。マットレスから舞い上がった細かな(ちり)が、窓から差し込む光の中で踊る。 「そのベッドって……」  智樹が最後まで言い終わらないうちに、彩葉が口を開く。 「前に住んでた奴が置いてった。そいつ、俺の元彼でさ。新しい彼氏と暮らすからって出て行ったんだよね」 「元カレ?」  思わず聞き返すと 「そう、元彼。俺、ゲイだから」  彩葉は涼しい顔で答える。  ということは、このベッドで前の住人と彩葉は……。  うろたえる智樹を見て、彩葉が笑い出す。 「嘘だよ、元彼じゃない。ただの同居人。結婚することになって出ていったんだけど、『ダブルベッド買うからこのベッド捨てといてくれ』って頼まれたんだ。でも、粗大ゴミに出すのが面倒でさ。もし良かったら使ってよ」  冗談だったと分かり、智樹が安堵したのも束の間、彩葉は悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべながらこう付け加えた。 「まぁ、俺がゲイっていうのは本当だけどね」  再び顔を強張(こわば)らせる智樹に、彩葉が真面目な表情で尋ねる。 「ゲイとの同居は無理? 言っておくけど、俺は好きな人がいるから他の男には興味が無いし、今までの同居人に対しても友達以上の感情を抱いたことはない。それでもゲイと暮らすなんて無理だと思うなら、仕方ないけど……」  彩葉の表情が、(かげ)る。  それを見た智樹は、胸に痛みを覚えた。  黙っておくことだって、出来たのだ。  カミングアウトぜずに秘密にしておけば、お互いに気まずい思いをすることもなく、すんなりと話はまとまっていただろう。  でも、彩葉はそうしなかった。  出会ったばかりの智樹に対しても、正直に、誠実に向き合おうとしてくれている。  だから智樹は、きっぱりと宣言した。 「無理じゃない。全然、問題ない」  それから、こう続けた。 「このベッドも、ありがたく使わせてもらうよ。今までずっと布団で寝る生活だったから、ベッドのある部屋って憧れだったんだよね」  智樹の言葉に、彩葉が目を細める。 「何それ、子供みたい」  ぶっきらぼうだけど、優しい声だった。  穏やかな午後の日差しに包まれた、ひだまりのような部屋の中。  やわらかな笑顔を浮かべる彩葉の姿が、なんだかやけに眩しく感じられて、智樹は思わず目を伏せた。

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