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第7話 似たもの同士

 彩葉(いろは)の部屋の片付けを手伝った後、昼食を挟んで水回(みずまわ)りの掃除にとりかかり、乾燥機から取り出した洗濯物を畳み終えた頃には、午後三時をまわっていた。  急いで干していた布団を取り込み、彩葉の部屋へ持って行きがてら、スーパーの場所を尋ねる。 「そろそろ夕飯の買い物に行こうと思うんだけど、この辺にスーパーってある?」  智樹(ともき)の問いかけに、パソコンに向かっていた彩葉は顔を上げた。 「買い物に行くの? 俺も一緒に行こうかな」 「えっ、でも仕事中でしょ?」 「キリのいいところまで書き終わったから大丈夫。締め切りまでまだ余裕あるし」  そう言って立ち上がると、彩葉は大きく伸びをした。  細くしなやかな体躯(たいく)に妙な色気を感じて、智樹は慌てて目を逸らす。 「それじゃ、下で待ってる」  廊下に出て、深呼吸をする。  どうしてこんなにも彩葉のことを意識してしまうのか、自分でもよく分からない。  智樹は、自分の部屋から財布とトートバッグを持ってきて玄関へと向かう。  靴を履いて待っていると、やけに大きなリュックを背負った彩葉が階段を降りてきた。 「なにそれ、山登りでもするの?」 「そんなわけないだろ。ビールを箱買いするんだよ」 「それなら自転車に乗って行けば?」 「それじゃトレーニングにならないだろ」 「トレーニング?」 「ずっと座って仕事してると運動不足になるから、外に出る時はなるべく歩くようにしてるんだよ。ランニングするのはハードルが高いけど、ウォーキングなら無理なくできるし」  彩葉は話しながらスニーカーを履き、玄関の扉を開けた。智樹も一緒に外へ出て、鍵を閉める。  歩きながら、彩葉は目に入るさまざまなものについて喋り続けた。 「あそこの公園は、秋になるとドングリがたくさん拾えるんだ」 「あのパン屋、見かけは古臭いけど惣菜パンが美味しいんだよ」 「ここの家の犬、やたら人懐っこくてさ。通りすがりの人みんなに尻尾ふるんだよね。それがまた可愛くって!」 「あっ、ヒガンバナが咲いてる。俺、この花好きなんだよなぁ。でもさ、球根には毒があるらしいよ」  智樹が相槌を打ちながら耳を傾けていると、彩葉は途中でハッと気付いたように 「俺、さっきから一人で喋り過ぎだね。ごめん」  と口を閉ざしてしまった。  智樹は彩葉の話を聞いているのが楽しかったので 「大丈夫だよ。むしろ、もっといろいろ聞きたい」  と伝えたが、彩葉は半信半疑の様子で智樹の顔色を窺っている。 「でもさ、嫌じゃない?」 「なんで?」 「会話っていうより、俺が一方的に話してるだけだから、聞いてるだけだとつまらないんじゃないかなと思って」 「僕は話すより聞く方が好きだから、楽しいよ」 「智樹って変わってるね」 「そうかな。彩葉の方こそ、僕みたいにあまり喋らない相手だと、つまらないんじゃない?」 「俺は聞くより話す方が好きだし、智樹と一緒にいるのは、すげー楽しい」  彩葉から“一緒にいると楽しい”と言ってもらえたことに、心が浮き立つ。  こんな日々が、ずっと続けばいいな。  安心したように再び話し出す彩葉の横顔を見ながら、智樹はそんなふうに考えていた。  スーパーで買い物を済ませた帰り道、行きとは打って変わって、彩葉は無口になってしまった。  その理由はたぶん、背負ったリュックの中身が重すぎるからだ。  足を動かすのが精一杯で、(しゃべ)る余裕など無いのだろう。  荒い息を吐きながら、黙々と歩いている。 「あのさ、かなり(つら)そうだから荷物を交換しない?」  という智樹の申し出を 「大丈夫。これもトレーニングだから」  と断って、彩葉は口を引き結んだ。  本人がそう言うなら……と引き下がろうとしたが、やはりどうしても気になってしまう。  少しでも彩葉の負担が軽くなるように、智樹は背後へ回ってリュックの底を持ち上げた。 「あっ、めちゃくちゃ軽くなった!」  智樹の方を振り返りながら、彩葉が無邪気な笑顔を見せる。 「余計なお世話かもしれないけど、手伝わせてよ」  智樹が言うと 「さすが、世話焼きのオカン」  と彩葉が茶化す。  それから、弾んだ声でこう続けた。 「さっきは智樹に迷惑をかけるのが嫌で断ったけど、本当は結構キツかったから、手伝ってくれて助かるよ。ありがとう」  お礼を言われて、智樹は胸を撫で下ろす。 「よかった。お節介なことして迷惑だったかなって、心配だったから……」  智樹の言葉に、彩葉がはにかむ。 「そっか、俺達どっちも『相手に迷惑かけたくない』って考えるタイプなんだね。似たもの同士じゃん」  “似たもの同士”と言われて、なんだか嬉しい気持ちになる。  だが、そのすぐ後に 「智樹とは、ずっと仲の良い友達でいられそう」  と彩葉から告げられて、喜びは切なさへと変わる。  友達。  そりゃそうだ、彩葉には好きな人がいるんだから。  僕に対して、特別な感情を(いだ)くわけがない。 「そうだね、僕も彩葉とは仲良くやってけそうだなって思うよ。これからもよろしくね」  智樹は芽生えかけた淡い想いを心の奥底に閉じ込め、気持ちを悟られることがないように、出来る限り明るい声で答えた。

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