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第2話 僕の日常には色が無いんだ。
夢を見ているのだろうか。僕は、夢と現実の区別ができる。大袈裟な特技ではないのだが。眠っているときに、これは夢、あれは現実と、手に取るようにわかる。従って、今見ている記憶は夢。夢というよりは、毎晩繰り返される悪夢に近い。その悪夢はたびたびノンフィクションをさらに刻むように手酷い夢であったりする。夢から覚めると、阿月はいつも嫌な汗を全身にかいてしまう。疲れがピークに達しているから、仕事の休みの日は一日中眠ってばかりいた。何も気力がわかないのだ。それも、原因はよくよく理解できていて、自分なりに改善した結果、失敗したから余計に憂鬱になる。
僕には物心ついた頃には親はいなかった。実父と実母は、僕が赤ちゃんの頃に船の事故で亡くなったと、おばあちゃんから聞いている。僕を産んで直ぐに、船旅に行く親も親だと思った。僕のことを、母方の祖母に押し付けて、2人してフェリーに乗って出かけたらしい。
幸い、無責任な両親とは異なり、祖母は温かく僕を育ててくれた。親子参観にも当然のように来てくれるし、運動会の親子二人三脚も、腰が悪いのに一緒にやってくれた。だから僕は、両親がいないという状況は他の子達から見たら変だけど、おばあちゃんがいるから大丈夫と思っていた。
自学習で塾に通わずに、県内の高校に進学した。所謂そこは進学校で、おばあちゃんにたくさん褒めてもらった。
『おばあちゃんは鼻が高いよ。阿月があの有名な高校に通えるなんて。ほんとにお利口さんねえ』
合格発表の日には、お赤飯とカツ丼、カレーを作ってくれた。「そんなに食べれないよ」と言うと、『いいんだよ。明日も食べればいいんだから』と、2人して2日かけて食べたこともあったっけ。
だが、そんなささやかで平穏な生活にヒビが入る出来事が起きた。
高校1年生の学校の健康診断で「第2の性」の診断が下りたのだ。僕はそこで、オメガと診断を受けた。それからだ。僕の生き地獄が始まったのは。
僕の生きる世界では、男性・女性という第1の性の他に「第2の性」というものが存在する。
「第2の性」は3種類ある。
α。社会地位が高く、頭脳明晰文武両道な素質を持つエリートのアルファ。ピラミッドの頂点に君臨する人達。古来から特権階級に位置する。
β。一方、平均的な素質を持つ一般人の部類と呼ばれるベータ。社会的地位、富などは平凡的な人達。
Ω。そして僕が診断されたオメガ。希少性が高く、世の中の1パーセントに満たない人口がオメガだ。
オメガは、生まれ持った体力が少なくて病気になりやすく、繊細な心を持つ人が多いと聞く。実際、自分もそうである。季節の変わり目には対策をしていても風邪をひきやすくて、心は繊細な中学生そのもの。語気が強い言葉や、威圧的な態度は怖くて仕方ない。
オメガで厄介な要素にオメガのフェロモンというものがある。フェロモンは、オメガの|発情期《ヒート》中に無意識のうちに発してしまうもので、そのフェロモンを嗅ぎつけたアルファが性欲に翻弄され、オメガと無理やり行為に及ぶほどの媚薬のようなものだ。
アルファとオメガが性行為に及んだ結果、オメガが妊娠、出産するケースも少なくは無い。ただ、そういった家庭でいい話を聞いたことがない。僕らオメガはアルファの性欲の吐き溜めにしか過ぎないのだと感じていた。
これは僕の叶わない夢の話なのだが、この世の中には運命の番というものが存在するらしい。生まれつき相性のよいアルファとオメガが出会うと、2人にしか感じられない匂いがするのだという。なんでもその匂いは、西洋の庭園にある花々全てを抽出した香水のように、華やかな香りらしい。いつかはそんなふうな……などとは、夢を見ることさえ自分にはできない。運命の番というものは、とても希少な組み合わせで誰にでも訪れるものではないからだ。
おばあちゃんに、自分はオメガだと伝えるときにはすごく億劫で不安でいっぱいだった。両親とおばあちゃんはベータと聞いているから、余計にごめんなさい、と心の中で謝った。家系に迷惑をかけるオメガでごめんなさい。
しかし、おばあちゃんは
『そんなの気にしないものよ。阿月はおばあちゃんの宝物なんだから』
そう言って、フルーツポンチを作ってくれたっけ。
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